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2018年1月15日月曜日

中国オリンピック・スケートチーム

JENKEMに載ってた、中国のオリンピック・スケートチームについての記事です。

まずは動画を見てください。来たなぁ〜!まぁこうなるよね〜!って感じです。笑
日本はどうなるんでしょうね。まじで根っこは何処へゆく。

元記事:http://www.jenkemmag.com/home/2018/01/08/chinas-creating-skateboarding-army/

JENKEM:http://www.jenkemmag.com/home/


こんな感じにはならないで欲しいと願っていたが、オリンピックが現実のものとして近づいてくるにつれて、以前俺たちがJENKEMで書いたオリンピック予想の記事と同じくらい、イかれたギコい事態が起き始めている。上のビデオは本物の、中国オリンピック・スケートボーディング選手強化合宿のプロモーション動画だ。ドヤ顔で競技場のトラック上をプッシュする男の子と女の子たち。彼らは皆、オリンピックのスケートボーディング競技で中国代表選手になるためにトレーニングをしている。気をつけろ、中国はマジで勝ちにきている。

この動画はアンドリュー・グァンというスケーターから送ってもらって知ったのだが、動画を見ただけでは全貌が掴めず、もっと情報が必要だった。幸運なことに俺の嫁が中国語も英語も堪能だったので、彼女に色々と調べてもらった。ここで言う「調べる」とは「可能な限り全ての情報を集めて、俺のためにその全部を翻訳してもらう」ってこと。なんてラッキーなんだ俺は。

中国エクストリーム・スポーツ協会のスケーター、Hu Tianyou (@sk8jeremy

嫁が見つけたのは、中国エクストリーム・スポーツ協会(Chinese Extreme Sports Association 略してCESA)と、中国ローラースケート協会(China Roller Skating Association 略ししてCRSA)という二つの団体。彼らは共に、中国がいかにマジでオリンピック・スケートチームのために子供達を集めているのかを喧伝している。

中国エクストリーム・スポーツ協会は、学校、協会、コミュニティ・センターから、ほぼ全てのスポーツのリーグに至るまで、青少年に関連するあらゆる組織・団体から広く、オリンピックのスケートボーディング代表選手候補となる人材を募っている。中国ローラースケート協会は中国版Xゲームスとでも言うべき、「CX Open」という大会を主催しており、母国にメダルをもたらすために準備万端のスケーターたちをすでに揃えている。他の小さな団体は、まだ無名な子供達を国中から集め、トップ選手たちと競わせるためにトレーニングを行なっている。

中国エクストリーム・スポーツ協会のスケーター、Liu Jiaming (@sber_liujiaming)

中国ローラースケート協会のガイドラインによると、強化合宿に参加するためには、年齢が8〜14歳であること、スケートボーディングもしくは格闘技、体操、ダイビングなどの全身を使うスポーツの経験があること、などの条件が設けられている。もちろん少林寺拳法の道場からも、腕立て伏せとランニングの結果が良いというだけで選手候補に選ばれているキッズもいる。そして中国だから当然ではあるが、中国エクストリーム・スポーツ協会に所属するキッズは「強い愛国心と、勝利を母国にもたらすという強いモチベーション」が求められる。これがでっち上げのプロパガンダではない証拠に、中国選手団の一団がハンティントン・ビーチのスケートパークで目撃されている。

現在、中国ローラースケート協会は6つの省で強化合宿を行うとしている。合宿には宿泊施設、食堂、ストリートとボールのコースを持つインドア・パーク、そしてフィットネスセンターがあり、同時に30人以上は収容不可、スタッフにはトレーナー、栄養士、医師、心理カウンセラーがいるという。スケーターは、一年に最低でも4ヶ月間は強化合宿に参加しなければならない。この実質的にウッドワード・キャンプと同じような合宿施設に、学校に行くかわりに何ヶ月もタダで住み込めるなんて、考えてみるとちょっとアツい気もする。


中国エクストリーム・スポーツ協会のユース・スケーター、Yi Ding

もし中国の第一の目標が、光り輝くオリンピックのメダルを勝ち取ることならば、見込みのある未来のオリンピック選手をスケート合宿に送り込むことは当然の取り組みだ。我々はライアン・シャクラーやナイジャ・ヒューストンなどを通して、子供を神をも恐れぬスケート・マシーンにしてしまうことは実際に可能であることを知っている。

しかし、こういったオリンピックの騒ぎに興味がない中国のスケーターたちは、どうなるのだろうか?今や世界中のほとんどのスケートボードの工場とスケートシューズの工場があり、スケートスポットも豊富でスケーターが世界中から集まるようになった中国。しかし、そこで昔からシーンを作ってきたスケーターたちは、まるでメディアに取り上げてもらえていない。

もし中国のオリンピック・スケートチームが、体操の平行棒やマットの上でバク転なんかでも競うことが好きな子供達で構成されることになったとしたら、本物のスケートスポットの探し方も知らず、ローカルのクルーの一員でもなく、警備員と揉める経験も一度もしたことがないような人物が、中国のスケートボーディングの顔になってしまう可能性がある。またその時が来れば、中国のドメスブランドはオリンピック効果で世界中に自分たちを宣伝する機会を得ることができるだろう。

インスタでも色々と調べてみたが、中国エクストリーム・スポーツ協会に所属するスケーターたちの大半が、専属3人のコーチも含め、他の何百万人といる俺たちと同じ理由でスケートしているようだ。つまり「スケートが大好き」だってこと。中国のオリンピック委員会が、ただキックフリップを絶対ミスらないとか、ナイジャのように美しくスプリットをメイクできるからって理由だけで代表を選ばず、ヤバいスケートをする、情熱のあるスケーターを代表に選んでくれることを願う。

Written by: Nic Dobija-Nootens
Research and translation by: Zoe Chen
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2016年1月7日木曜日

プロスケーターの仕事の変化の歴史 by ランス・マウンテン

あけましておめでとうございます。

平成28年、西暦2016年一発目は、つい最近JENKEMに掲載された、ランス・マウンテンのインタビューです。

インタビューっていうか、プロスケーターの仕事とは何なのか、ということを、その変化の歴史とともに語ってくれています。ランス・マウンテンの言葉なので半端なく説得力があります。

根っこは何処へゆく」的にも面白いインタビューです。


元記事:http://www.jenkemmag.com/home/2016/01/06/the-evolution-of-the-pro-skaters-job-according-to-lance-mountain/
JENKEM:http://www.jenkemmag.com



photo: arto saari

この半世紀以上もの間、スケートボードに乗ることに対してお金が発生してきたなんて、信じられるか?まあ正確に言えば、それは正しくないんだが。単純にスケートをすること以上に様々なことが、プロスケーターの仕事には派生してくる。こうした派生的なプロの仕事は、業界と社会の変化とともに進化してきた。業界内部の視点からこのプロの仕事を理解するため、俺たちはベテラン伝記作家、ショーン・モーティマーに頼んで、プロ・スケートボーディングの始まりからキャリアを持つレジェンド、ランス・マウンテンに、このアホにたいなオモチャから金を生み出すために何が必要なのか、そしてそれがどう変化してきたかについて話を聞いてみた。業界で成功したいなら、ペンと紙を用意して、メモを取るといいだろう



始まり

1960年代、スケートボードが誕生した時期、ボードに自分の名前が載るのは有名なサーファーたちだけだった。デューク・カハナモクがプロボードを出してたんだけど、彼は伝説的なサーファーで、単に彼の名前が売れてたから、スケートボードにも彼の名前がプリントされていた。当時のスケートボードのカンパニーはサーフィンをルーツにしていたから、サーフィンの世界で有名な人の名前がスケートボードにも使われていたんだ。

でもスケート雑誌の登場とともに、そうした状況が変化してきたと、トム・”ウォリー”・イノウエが教えてくれた。1977年、彼はConcrete Wave Skateparkっていうパークでスケートをしていた。当時はシグネチャーモデルを出しているれっきとしたとしたプロ、ってのは存在してなくて、トム・シムスみたいな、つまりカンパニーのオーナーの名前が全てのボードに使われてるような時代だった。で、ウォリーがConcrete Waveで滑ってるとき、雑誌の撮影用にSimsのライダーが撮影しに来たんだけど、ウォリーのスケートがすごいことに気がついた彼らが、ウォリーにSimsのジャージを着させてフォトグラファーが写真を撮った。そしたらそれがSkateBoarder誌のセンターページに、見開きで掲載されることになったんだ。それからすぐに、ウォーリーはその年一番雑誌に載ったスケーターになり、それがプロの仕事となった。カンパニーの商品と一緒に雑誌に載れば、お金をもらえるんだ。ウォリーはSimsのライダーになり、その写真がきっかけとなってスケートで給料をもらえるようになった。その最初の写真が雑誌に掲載されて、初めてインセンティブをもらい、たまたまプロスケーターになれたんだってウォリーは言ってたよ。

ステイシー・ペラルタラス・ハウエルジェイ・アダムスヘンリー・ヘスラーのような、シグネチャー・モデルをリリースしているプロもいたけど、当時はかなりレアなケースだった。でもウォリーは、こうした自分の名前が載ったボードをリリースしているプロたちと同じくらい、もしくはより多く雑誌に載っていたんだ。だからみんなも次はトム・”ウォリー”・イノウエのボードが出るだろうって思い始めた。それでSimsはウォリーのボードを試験的に作り始めたんだけど、その頃に別のCasterっていうカンパニーからプロボードを出さないかっていうオファーが来て、ウォリーはそっちに移籍した。そのときにプロの仕事には、「雑誌に載る」ってこと以外に、「デッキのデザインにも関わる」ってことが追加されたんだ。スケーターほどボードに何が求められているのかを知っている人間なんていないんだからね。そうして、スケーターたちはオーナーと一緒にシェイプやレイアウト、合板の薄さ、テールのキックの強さなんかを共同開発するようになった。当時はまだ始まったばかりでお金もそんなに発生していなかったけど、それでもCasterはウォリーの家の家賃を払ってたと思うよ。当時のほとんどのブランドはサーファーの大人たちが経営していて、若い子たちとのコネクションを持ちたがっていたから、ウォリーみたいにプロダクト・デザインに貢献できて、雑誌にも載れて、しかも他の若いスケーターをスカウトして来れるような、若い人材が雇われるようになった。プロスケーターってのはこの時期に、アスリートでもあり、デザイナーでもあり、タレント・スカウトでもあり、チーム・マネージャーでもあるっていうハイブリッドな存在になっていったんだ。





1980S
80年代

80年代初期までには、プロの仕事ってのはコンテストで優勝することになった。個人的には、いいプロスケーターってのはコンテスト以外でも色んなやり方で他と競争できると思ってたけどね。でも80年代は、コンテストでいい成績を残すってことがプロの契約では暗黙の了解になってた。それをちゃんと理解してたやつらは成功したよ。素晴らしいプロであっても、その流れに従わなかった連中は消えていった。カンパニーはコンテストで優勝できるやつらに金を払ってた。雑誌もそれに拍車をかけたよ。ほとんどの記事は誰がコンテストで新しいトリックをやったかとか、誰が上位だったかとか、そんなのばかりだったからね。コンテストに関係してないような記事を大きく取り上げるってことは、ほとんどなかった。

Variflexのチームに俺が入れたのも、いくつかのアマチュア・コンテストで俺が優勝したからだよ。でも彼らが俺をプロに昇格してくれた1981年ってのはスケートボーディングはあまり人気がない時期で、月々のボードセールスのインセンティブなんて15ドル(約1500円)とかだった。トニー・ホークですら、月に稼いだお金が80セント(約80円!)なんて月もあった。プロの収入源はボードセールスとコンテスト、それとデモだった。コンテストで優勝すれば、300ドル(約3万円)くらいはもらえた。デモをすると50ドル(約5000円)くらい。80年代初期は、プロはマジで貧乏だったから金を稼ぐためだったら何でもやってたよ。俺もKnott’s Berry Farmって農場でポータブルのランプを持って行ってデモをやって1日50ドルとか、Ralph’sってスーパーの駐車場で新しいヨーグルトの販売促進のためにデモをやったりしたよ。当時はトラックやウィール、シューズのスポンサーからは給料なんてもらえなかった。

みんながなんとかしようとしてた。80年代中期になると、デモはスケートボーディングを広めるための草の根運動的な役割を担うようになってきて、最終的にはPowell Peraltaの契約書にも年間36回、彼らのためにデモを行うってことが明記されるようになった。コロラドまで車を運転して、ジャンプ・ランプを出して、それ使ってスケートして、ストリート・プラントを披露したりして、またそれを車に積んで、みたいなことをしてた。そのコロラドのデモでは、雪が降ってて見に来てた子供たちが寒いからって店の中に入っちゃって、万引きして帰っちゃった。それで俺たちを呼んだスケートショップのオーナーから俺たちに金を払いたくないとか言われたよ。店に貢献してないデモに金なんか払えるかってね。当時はデモの会場でどんなセクションが用意されてるのかも分からなかったから、どんなものでもスケートできないといけなかった。アリゾナのYumaでやったデモのときなんか、気温が40度近くあってアスファルトも溶けるくらい暑くてさ。ジャンプランプで飛び出して着地しても、その場で止まっちゃうんだ。ウィールが4センチ近く地面にめり込んじゃって、前に進めやしない。しかもサインもめちゃくちゃ書かされて、デモが終わったあと何時間もサインしっぱなし。80年代はサインを頼まれまくったけど、90年代になるとそれがなくなった。

一度誰かが何かで成功を収めると、業界の全員がそれに続く。ステイシー・ペラルタが1984年に史上初のスケートビデオを発表したときもそうだった。これによって、プロの仕事に新しい扉が開けた。このときから、初めてビデオパートってのがプロの仕事の大きな部分を占めるようになっていったんだ。1984年当時も俺はプロだったけど、パウエルに移籍したときの契約だとプロボードのリリースは予定されてなかった。でもこの最初のビデオに出演して、俺のボードの需要ができたんで、パウエルは俺のプロボードを作った。それからすぐに、フランキー・ヒルみたいなスケーターが、ビデオパートだけを理由にプロに昇格するようになった。史上初めてね。もうコンテストで上位に入ったり、デモで滑れるスケーターでなくてもいい。ただ、記憶に残るようなパートを作ればいい、ってことになった。年上のスケーターたちには理解不可能なことだったよ。彼らはビデオパートでプロになった奴らを、簡単にプロになりすぎだと考えてた。全世代のスケーターたちが、このビデオパート時代の到来に苦労してた。それまでのビジネスモデルが通用しなくなったからね。そして90年代になるころには、プロの仕事ってのは単純に、斬新なストリートパートを作ることになった。





1990S
90年代

90年代になると、コンテストはもはや重要ではなくなってしまった。誰も今までやったことのないトリック、つまりNever-Been-Doneなトリックを撮影して、イカれてるくらい進歩したスケートを見せるってことが全てになった。雑誌にもシーケンス写真は載らなくなった。(トリックが難しくなった分)トリックをメイクしてるところを撮影するためには、高価なフィルムを大量に使わないといけなくなったからね。だからビデオで撮影して、そこからキャプチャーしたものを載せるようになった。進歩的でないものは、まっとうなプロのスケートとは認められなくなった。新しいトリックをやっていないプロはプロを引退すべきだ、みたいな記事がよくあったよ。バーチカルのプロなんて完全に干されてた。ボードに座ってダウンヒルを楽しんだりとか、単に面白がってスケートしたい連中の多くは、そういう当時ポピュラーだった前衛的なスケートに魅力を感じられなくなって、スケートをやめてしまった。

この頃になると、プロスケーターの定義も曖昧になってきた。もしプロが「スケートをすることでお金をもらっている者」とするなら、この頃からアマチュアも正直全員プロと同じだよ。70年代から90年代になる前までは、アマチュアのコンテストにエントリーしても、もし主催者側が君がデモとかでお金を稼いでいることを発見した場合は強制的にプロとみなされた。でもこういうルールはビデオで適用されなくなって、90年代に入ると会社はアマチュアに車もあげるし、何でも買ってあげるし、別の会社から引き抜いて自分たちのビデオに出演させるために金を払ったりするようになった。

プロの中でも、人前でも上手にスケートできるプロと、斬新なトリックを撮影することに多くの時間を費やすプロに、大きく2分されるようになった。NBDのトリックをビデオに収めるようなプロなのに、デモでスケートできない、メイク率の低いプロが出てきた。トリックの革新に集中しすぎるあまり、昔できてたトリックができなくなってしまうんだ。

その反面、ものすごくスケートが上手いのに、それほど前衛的でないプロもいる。結論としては、このどちらかのプロとして優れていた奴らが生き残った。エド・テンプルトンやマイク・ヴァレリーなんかは、当時そうした優れたプロだったおかげで今でも生き残ってる。エド・テンプルトンマイク・ヴァレリーも、コンテストで優勝してたし、ツアーもやってたし、デモでも素晴らしいスケートをしてた。今でも彼らが名の通ったプロなのは、そういうことも理由のひとつだよ。





THE 2000S
2000年代

プロの生計の立て方は、2000年代に再び変化が起こった。服のブランドやシューズのスポンサーからも金が入るようになったんだ。Xゲームで一般大衆もスケートを目にするようになって、スケートと直接関係ないブランドからもスケーターたちは注目されるようになり、スポンサードされるようになった。そうやってプロの収入源は多様化していき、この時期にまったく新しい要素がプロスケーターの仕事に加わるようになった。それはメジャーのスポンサーがやれと言うことは何でも、プロスケーターの仕事になるってこと。成功しているプロの中には、ブランドのキャップを被ることだったり、コンテストのランの後にすぐにスポンサーのドリンクを飲むことなんかを、仕事としてやってる人たちがいる。ボードのスポンサーがいなくても、エナジードリンクのスポンサーから大金をもらってるプロだっていた。


THE 2010S
2010年代

この50年の間に色々なことが変わった。今じゃボードスポンサーは、そのスケーターをチームに入れる前に、そいつのシューズスポンサーや、他のメジャーなスポンサーが何なのかってのを気にするようになった。そういう他のスポンサーが、メディア露出のための多額の費用を払ってくれるからね。プロとスポンサーとの関係(どんなスポンサーがついているか)は完全に変わってしまったよ。現在のようなプロとスポンサーとの関係性は、ポール・ロドリゲスが現れるまで、スケートの世界では受け入れられないものだった。

ポールはリアルなスケーターたちからも認められつつ、企業スポンサーにも魅力的な存在となることに成功したんだ。それ以前は、コアなストリートスケーターたちは、企業からスポンサードされるようなプロを認めなかった。でもポールがその壁を壊すと、他のプロたちも、彼が手に入れたものを欲しがるようになった。今ではポールのやり方こそが、プロスケーターとしてベストな成功例だと考える全く新しい世代がいる。彼らのほとんどが代理人を持ち、企業スポンサーと広告出演の交渉を行っている。今はもう、全ては広告なんだ。

ソーシャルメディアの登場も大きいね。今多くのプロの契約書には、ソーシャルメディアを使ってスポンサーのプロモーションに貢献するってことが明文化してある。彼らはそのスケーターをスポンサーするかどうかを考える前に、まずそいつがソーシャルメディアでどういう活動をしているかをチェックしている。実際のスケートがいいか悪いかなんて分かってないよ。スケーターなら、スケーターを見ればそれがいいスケートかどうかちゃんと分かる。でも企業やビジネスマンにはそれが分からない。代理人だってそうさ。多くの代理人は、スケーターがスポンサーにとってより効率的な道具となるように、スケーターたちを作り変えられたと考えている。代理人によって色々と変わってしまったのは確かだけど、結局のところ、プロの仕事ってのはずっと変わってないんだよ。それは進歩を続け、スケートを好きになる人を増やすってことだ。それ以外の利益のことなんかは、自分たちがきちんと理解しているかどうかに関わらず、その仕事をやってるからこそ生まれるものだよ。

今はプロスケーターにとっていい時代だよ。今以上にスケートボーディングでお金を稼げるチャンスがある時代はない。でもスケートが今までと同じように成長していく保証もないし、変な感じにちょっと変わっていくかもしれない。何がいいプロスケーターかっていう議論には、誰もが参加できるし、それはスケートの歴史上今までにない状況だよ。トッププロですらソーシャルメディア上で叩かれて炎上したりするからね。

プロの仕事についての話をずっとしてきたけど、本当に素晴らしいプロっていうのは、単純に自分のボードを売るってこと以上のことをやろうとする人のことさ。本物の、記憶に残る、傑出したプロっていうのは、いつだって他人の考え方や気持ちを変えてきたし、それをすることでスケートボーディングの方向性を変えてきたんだ。

Words: Lance Mountain as told to Sean Mortimer (@judoair)
Original Illustrations: Michael Giurato (@badhairlife)
Fuck with us on Facebook
Don’t fuck with us on Instagram



にしてもこのCM、半端なくダセー・・・
オリンピックが近づくころには、日本でも誰かがこういうCMに出るようになるんすかね。



2015年11月26日木曜日

OMAR SALAZAR インタビュー JENKEM

JENKEMに載ってた、オマー・サラザーのインタビューです。
載ったのは今年の3月ですね。

今年は4月の末から自分、田舎に引っ越して農業を始めまして、
農作業でばりくそ忙しくて、なかなかインタビューの翻訳もできませんでした。

これはずっとやろうと思ってたので、やっとできてよかったっす。

元記事:http://www.jenkemmag.com/home/2015/03/04/talking-aliens-and-mother-with-omar-salazar/

JENKEM:http://www.jenkemmag.com/home/




オマーのスケートを見た限りだと、超ハイテンションでクレイジーなガキって感じのやつなんだろうなと思っていたが、実際はスケート業界を長年渡り歩いてきたクレイジーなベテランって感じだった。もうすぐ20年になるスケート業界でのキャリアを通して学んだことを生かし、最近Doom Sayersというブランドを立ち上げたオマー。このインタビューで、子どもの頃リタリンを無理やり飲まされたこと、エイリアン・ワークショップの終焉、宇宙人はいるのかいないのか、なんてことを聞いてみた。

君はエネルギーに溢れててハイパーなキャラって感じで知られてるけど、子どもの時ってADHD(注意欠陥・多動性障害)だったの?

そうだよ。でもそれはクソみたいな教師たちにそう言われただけさ。俺はカトリックの学校に行ってたんだけど、マジで最悪な場所だった。俺の初めてのドラッグ体験は、そのカトリックスクールの教師から勧められたリタリン(訳注:今では覚せい剤扱いだが、当時はADHDの薬とされていた)さ。彼女から「あなたにはこれが必要なの!」って言われて、俺は「いや、僕は俺は全然正常だよ!」って言い返したんだけど、向こうは「ダメよ、これを飲みなさい、うちの息子も飲んでるのよ」って言って聞かなくて。その学校は全校生徒にリタリンを飲ませようとしてた。イカれてるよ。強引に飲まされて、俺はもう「オーマイゴッド、とにかく集中しろって何なんだ?」って感じでさ。嫌だった。それでも教師のほうは俺や他の生徒たちにリタリンを飲ませようとし続けてくるから、最終的には舌の下に入れて飲んだふりをして、教師が見てないときに吐き出してた。あんなもん飲んじゃダメだよ。

むちゃくちゃだね!しかも違法行為じゃん・・・おかげで宗教にはうんざりしたんじゃない?

そうだね。当時あのクソ野郎どもを訴えてたら良かったと思うよ。リタリン飲まされたおかげでしばらくの間かなりクレイジーになった。セント・ローズ・スクールって学校だった。最低の学校さ。彼らがそこで教えてたこと、騙すな、盗むな、ってことには賛成するよ。でもマジでむちゃくちゃだった。

そのカトリックの学校で、他にやらされた変なことってある?

マジで馬鹿みたいなことが理由で、俺はしょっちゅうトラブルになってた。例えば学校は「必要としている人には手を差し伸べましょう、恵まれない人には施しをしましょう」とか俺たちに教えてたんだけど、それで俺は「よし!僕の昼ごはんを学校のフェンスの外でたむろしてるホームレスの人たちにあげよう」って思って何週間か自分の昼飯をホームレスにあげてたんだ。それをあるとき学校が発見してさ、フラディスっていうクソ女教師だったんだけど、あいつの名前は一生忘れないぜ。あのクソ女に耳を引っ張られて「何やってるの!自分が何をやってるのかわかってるの!」って大声で怒鳴られた。俺はお前らに教えられたことをやっただけだっつーの!嘘ばっかりだったよ。クソすぎだった。

誰かから性的虐待とかされなかった?(訳注:ボストンの教会でおきた事件を踏まえた質問かと)

いや、大丈夫だったよ。でも他のカトリックの牧師連中もひどかった。嘘ついて話しをでっち上げるような奴らばかりだった。


fs blunt / photo: kyle camarillo


初期のころは、スケートの会社ともうまくいってなかったよね。ファンデーションとか。そういう経験をして、スケート業界が嫌になったりしなかった?

ファンデーションで起きたことは、かなり凹んだし傷ついたし、長いこと引きずったよ。でもその経験のおかげで、よくないことが起きることに対して準備できるようになった。別に話しをドラマチックに広げるつもりはないよ。ただ過去にそういうことがあったっていうだけさ。今じゃ理解もしてるんだけど、でも当時の状況はもっとうまく解決できたと思う。多くの人が賛同してくれたらいいんだけど。俺はただやれって言われたことをやってただけでさ。ライダーが大変な時期を過ごしてるのに、簡単にクビにするなんてないよ。いきなり何の連絡もしなくなるとかじゃなくて、「うまく行ってないぞ」とか言ってくれたら良かったのにって思う。

当時俺は15歳で、チームに入れてめちゃくちゃ嬉しかった。でも彼らは俺のことを単なる馬鹿だと思ってたんだと思う。かなりひどい膝の怪我をしちゃってさ、医者から半月板が裂けてるから手術が必要だって言われた。それで膝のことをファンデーションに話したら、「今俺たちは次のビデオの撮影をやらないといけないんだ。フッテージがないとビデオには出演できないぞ。ビデオに出ないってことは・・・意味わかるだろ」って言われた。

だから怪我したままの膝で可能な限り撮影に出かけた。それとその頃はスケートボードのパッケージは全部ベッドの下に隠してた。もし両親に見つかって、俺がスポンサーされようとしてるってことを知られたら、きっと止められるんじゃないかって思って恐かったんだ。そうやって手術の直前まで撮影をして、フッテージをファンデーションに送った。

手術の途中で、医者が「君は私が言ったことを全然聞いてなかったじゃないか!怪我がむちゃくちゃになってるぞ!」って怒鳴ってる声で起きた。俺はそれを麻酔でフラフラで泣きながら聞くっていう。医者からは、俺はもう二度とスケートできないって言われ続けた。手術では俺のケツかどこかから軟骨を持ってきて、膝に移し替えることになった。それでも俺としては、フッテージを送ったから少なくともビデオには入れる、まだ彼らの一員だ、そう思ってた。でも俺はプレミアに招待されなかったんだ。それで自分からトッド・スワンク(ファンデーションのオーナー)に電話したんだけど、そしたら「来なよ、こっちについたら俺たちに連絡してくれればいいから。ホテルも用意するから問題ない」って言われた。


“I WAS ALL GASSED UP AND DRUGGED AND CRYING. THE DOCTOR JUST KEPT TELLING ME I WAS NEVER GOING TO SKATE AGAIN”

それで年上のスケート友達二人に、車でプレミア会場まで送ってもらったんだ。7時間くらい運転したかな。俺はもう感謝しまくりで、友達たちには会場につけばホテルもあるし、プレミアに参加できるからって言って。で、車で会場に向かいながらトッド・スワンクに今向かってるってことを伝えようと電話したんだけど、誰も出なくて。そして着いたら何にも用意されてなかったんだ。マジで最悪だったよ。友達は7時間も運転してくれたんだぜ!?で、行くところもないから結局彼らは車の中で寝て、車の中はもうスペースがなかったから、俺は車の屋根の上で寝た。って言っても寝れなかったけどね。俺が友達に嘘をついたみたいになったことがただ悲しくて。プレミアは次の日だったんだけど、会場に着いてすぐに、俺はもうチームの一員なんかじゃないってことが分かった。俺はプレミアにいて欲しいとも思われてなかったんだ。

でもファンデーションとTum Yetoにも、良い人たちはいるってことは言っておきたい。今と昔じゃ違うしね。彼らに対して敵対心とかも何も持ってない。今の話は単純に俺が経験したことさ。

駆け出しの大変な時期は、ホテルからタダ飯をもらってしのいでたって聞いたけど。

ずいぶん長いこと部屋もなくカウチに寝泊まりしてた。めっちゃくちゃ感謝してるよ。Tea Streetっていう場所にいたんだけど、ブランドン・ビーブル、リチャード・アンジェリデスと一緒に住んでて、それと時々ステファン・ジャノスキとジョーイっていう女の子も来てた。そのアパートに住んで、なんとかサバイブしてたね。飯はサクラメントを一日中スケートしてまわって、オープンハウス(売り出し中の家)を探すんだ。そこで「俺の母さんがこの家を気に入ってるんだ、もうすぐ戻ってくるから」って言うと、「それじゃクッキーやフルーツがあるから食べていきなさい。水のボトルもあるよ」って言ってもらえるから、それを全部いただいて消えるってのをやってた。そうやってしのいでた。週末に日用品店に行くと、フリーのサンプルがあるからそれをもらいに行ったり。15、6歳のときだね。




宇宙人っていると思う?

どこかにいるとは思うよ。そういうのには興味はあるんだ。アヌンナキの人類宇宙人説とか、どうしてピラミッドが建設されたのかとか。何気にハマってるかもね。チェックしてみてよ。マーク・ジョンソンともそういう話をしてたんだけど、みんなもこういうことに興味をもってチェックしてみるべきだと思うよ。物を浮かすことのできる振動と音の周波数があるとか、マジでヤバいから。世界中にその周波数があって、科学者たちはその音を使って実験をしてるんだって。そうやって古代のエジプト人たちは当時の道具を使っても、ああいう大きな石を運ぶことができたって言われてるんだ。

まぁ俺がハマってるのはそのくらいかな。これ以上深入りはしないよ。それにしてもJFK(ケネディ大統領)の話はひどいよ。「They Killed Our President」っていういい本があるんだ。書いたのはジェシー・ヴェンチュラ(訳注:元プロレスラーのタレント文化人)でさ、だからって笑わないで欲しいんだけど、マジで超いい本なんだよ。彼は本当に頭がいい。

君は今怪我をしててスケートできないみたいだけど、空いた自由な時間は何をしてるの?エロ動画サイトを見まくってる感じ?

(笑)いやいや。5年前に今くらい自由な時間があったらもっと見てるだろうけど。まぁ正直な話、膝の怪我から回復するためにリハビリやってるし、Doom Sayersのプロジェクトもやりながら普段の生活もしてるって感じだから、実際かなり忙しいんだよ。いつも新しいことや何か自分たちのメッセージを届けるのに良いものはないかって考えてるから、けっこう大変なんだ。全然眠れない日とかもあるし。寝返り打ちながら「みんな俺たちがやってることを理解してくれるだろうか?」って一晩中考えちゃったりさ。


photo: Jonathan Mehring, originally appeared in Skateboarder Magazine


彼女はいるの?

どうにかね。5年くらい付き合ってる。くっついたり離れたりって感じで。俺みたいに旅に出てばっかりだと簡単にはいかないよ。

5年もたつとセックスにも飽きてくる?コスモポリタン(訳注:海外のAnAn的な雑誌)のハウツーを読んだことってある?

クリエイティブじゃなければセックスも退屈になるだろうね。俺は自分でも思うけどクリエイティブだ。(笑)もっと若い頃は、店でスケート雑誌読んでるときにコスモポリタンの表紙に「5分以内で相手を落とす方法」みたいなのが書いてあるのが目に入って、どれどれって感じで読んでたけど、今はだいたいスケート雑誌しか読まないね。

これを読んでる読者にオススメするクレイジーな体位ってある?

うーん自分でやってみるしかないよ。流れにまかせてさ。なんでもやってみたらいいいよ。(爆笑)てか知らないよ!インタビューがいきなり性教育になっちゃったよ。まぁ何か違うことを経験したりやってみたりするってことはいいことだよ。やっぱり何事も楽しくやらないとね。スケートもそうだし、なんでもそう。自分をオープンにして、何か違うことをするってのは絶対いいことだよ。


“IF YOU’RE NOT A CREATIVE PERSON THEN SEX CAN GET PRETTY BORING. I’M A CREATIVE PERSON, I THINK”


彼女にしたくなるような良い女の子を見つけるためにはどこに行けばいいかな?

知らないよ・・・自分の好きな音楽のコンサートとかライブとかかな。好きな音楽聴けるし。そこにいる女の子はベロベロになってセックスするためにそこにいるんじゃなくて、音楽を聴くためにそこにいるからね。もしかしたらその子たちはドラマーとかボーカルの奴と寝たいのかもしれないけど。まぁでも普通は友達と一緒に楽しむために来てるでしょ。そういうところにいる子ってのは自分と同じ音楽が好きだってことだし、気軽に「やあ」って感じで声をかけるのがベストだと思うよ。

オースティン・ジレットにも同じ質問をしたんだけど、彼はホームセンターにいる子がいいって言ってたよ。

(笑)はいはい!でもそこに来てる子は自分の家のパイプを修理しないといけなくなっててイラついてるかもよ。ホームセンターなんて最悪だよ。そこをトライするオースティンには拍手だね。まぁとにかくやってみることさ。




君の今のスポンサーについても教えてくれない?エイリアンとはどうなったの?

俺も何か知ってればいいんだけど・・・エイリアンに関しては崩壊の仕方がマジで最悪だったね。ちょっと凹んだよ。Aveとディルがやめたときに、俺も辞めて何かやることもできたんだけど、友達のチャド・ボワーズ(元エイリアンのチームマネージャー。現Quasi(Mother)。)とチームのことを考えてエイリアンに残ることにしたんだ。みんなを残して去るのはできないって思ったから残った。それからしばらくしたらチャドがクビになって、俺はもうギリギリそこにいるって感じになった。「一体何が起きてるんだ!?(チャドがいなくなって)誰と話をしたらいいのかもわからない」って感じになった。

それから3、4ヶ月くらいエイリアンに残ってたんだけど、そこで3ヶ月間全然給料が入ってないことに気がついたんだ。「どうしたんだ?ちょっと前までチームオブジイヤーとかの賞を取ったり、ビデオを出したりとかしてたのに」そう思ってたらロブ・デューデックが出てきて、俺たちを助けてくれるはずが、突然終わりになったんだ。

その間誰からも話がなかった。誰も電話もしてこなかったし、俺としては一体これは誰が何してるんだ?って感じで。俺が唯一連絡を取ってたチャドがクビになっちゃってさ、そもそもチャドに残って欲しいって言われて残ったのに。長年会社のためにやってきたのに、こんな感じでクビになるのかよって、悲しかったし傷ついた。連絡のひとつもなかった。ロブ・デューデックからの連絡もなかった。ていうかマジであいつは何者なんだ?俺たちは親友だと思ってたぜ、兄弟。(笑)ってまぁ冗談だけど。どうでもいい。

そうだね、でももはやロブのできることの限界を超えてて、やることが多すぎたんじゃないかと思うんだよね。彼はマジでなんとかしようとしてた

そうかもね。でも電話の一本くらいよこせよっていう。彼は彼でやることがたくさんあったっていうのも分かるけど。まぁ今話したことが実際に起きたことだよ。ロブがエイリアンを買ってからと、その前を合わせて、俺から彼に50回くらいは電話したんだ。ロブが忙しい人だってのは知ってるし、家柄が良いってことも知ってるけど、それにしてもって感じだね。

“THAT’S HOW YOU GET RID OF PEOPLE AFTER ALL THESE YEARS?”

エイリアンのライダーとして、素晴らしい時間を過ごしてきたし、一緒にやってこられて最高だった。でも俺としてはもう終わりだね。こんな感じになってしまって残念だよ。いまだに誰からも何の連絡もない。自分たちの他にも懸命に働いている人たちがいるってことを分かってほしいよ。でも突然ナシにさせられた。「今までありがとう」とかそんなことも言われてないし、未払いの給料ももらってない。今その金があれば医療費にまわせたんだけど。言いたいのはそれだけだね。

復活したエイリアン・ワークショップについてどう思う?

彼らは自分たちのことをやってるだけなんじゃないかな。特に言うことはないよ。こないだヒース・カーチャートがやってるBLACKっていうバーに行ってさ、あそこも女の子に出会うにはいい場所だよ。すごいクールなところさ。そこでヒースと復活したエイリアンについて話したんだけど、誰も何も知らなかった。俺たちは誰も何も聞かされてなかったんだ。

別にそれで疲れ果てたりもしてないよ。ただ、ビジネスにはこういうやり方もあるんだってことを学んだだけさ。他人がやることを見て物事を学ぶんだ。コミュニケーションってやつだよ。もうこれ以上会社を維持できないってなったらさ、普通はそれをライダーや従業員たちに話して、「今までありがとう」って言って少しばかりの退職金を渡すもんだよ。俺たちにだって支払いがあるんだから。このプロ・スケートボードの世界で、俺たちは責任あるスケーター、人間であろうと努力してるけど、実際のところそのための準備なんて何もしてないんだ。俺たちはみんなスケートが大好きなガキたちでさ、マジでスケートは最高だよ、でも誰も俺たちに税金のことや、保険のこと、そういうことを教えてくれない。だからいきなり全部を持って行かれたら、本当に大変さ。




それで今はどういう状況なの?新しく立ち上がったMother(改名して現在はQuasi)に加入とか?

今のところ、俺はどこのボードカンパニーにも所属してない。彼ら(Mother)とも話をしたけど、今はどこのチームにも所属できるような状態じゃないってことを伝えた。今俺は怪我をしてて、スケートして彼らに貢献することができないからね。自分の気持ちと身体、そして自分のためになるのかってことが全部揃わないのに、ただ単に給料をもらいたくないんだ。誰の時間も無駄にしたくない。彼らの時間も、君の時間も、誰の時間もね。もし俺がとにかく金が欲しいっていう人間だったら、とっくにエナジードリンクのスポンサーを付けてるよ。でもそれはしたくないんだ。俺は今自分についてるスポンサーに満足してる。

“I’M NOT GONNA COLLECT A PAYCHECK IF MY MIND AND BODY AND INTEREST AREN’T FULLY INTO IT. BECAUSE IF I WAS ALL ABOUT THAT, I WOULD HAVE ALREADY GOTTEN AN ENERGY DRINK SPONSOR”


(Motherの)グラフィックを見たけど、超やばいよね。今はまだスケートを再開できてないから、何も焦ることはない。Motherのライダーはジェイク・ジョンソン、ギルバート・クロケット、そしてタイラー・ブレッドソーだ。今ライダーになって給料をもらえたらそれは熱いけど、だからってそれはしない。他にもすごいカンパニーからオファーをもらってるけど、自分の気持ちが今はそこに行ってないんだ。来年とか怪我が良くなるまで給料をはらってくれるっていうカンパニーもあった。それはすごくありがたいんだけど、そうすることが良いことだと思えないんだ。ほとんどの人は俺は馬鹿だって言うだろうけど・・・どうすればいいのか考えてるところだよ。自分がお返しすることができないのに、何かをしてくれって言いたくない。スケートを再開したい。怪我の前はめちゃめちゃスケートしまくってて、新しいNIKEのビデオの撮影で超テンション上がってて良い感じだったんだ。そんなときに大怪我しちゃってさ。9ヶ月前くらいのことなんだけど。けっこう経つね。全快までにはあと4、5ヶ月か、もっとかかる。

君のカンパニー、Doom Sayersをスケートボードのカンパニーにすることを考えたりはしない?

ボードカンパニーにするつもりはないよ。特にそうする理由がなければね。Doom Sayersは周りからお前はダメだとか、ネガティブな言葉に囲まれてる人たちに、そういうネガティブなことをポジティブな力に変えることができるってことを知って欲しくてやってるんだ。それがDoom Sayersのコンセプトだよ。握手してる手の片方が蛇なってるのを見れば、多くの人が俺たちのメッセージをわかってくれると思う。「俺がやるとは思わないって?見てろ」って言って、やってやるんだ。

Interview: Ian Michna
Photography: Brendan KleinKyle Camarillo & Nike SB.
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つい最近、Thrasherのサイトでもビデオが公開されてましたね。

いよいよ本格的に始動しそうなDoom Sayers Clubですが、上のインディのビデオやThrasherのインタビューでも言っているように、Doom Sayersとは自分に向かってネガティブな言葉をかけてくる連中のことで、そういうネガティブなものを燃料にしてポジティブなことをやってやるのがDoom Sayers Clubだそうです。



2015年11月3日火曜日

Jeremy Klein Interview JENKEM

超絶久しぶりにインタビュー記事です。

JENKEMに載ってるジェルミ・クラインのインタビューです。
載ったのが2013年の9月なんで、2年近く前のやつですが今読んでも面白いっす。

元記事:http://www.jenkemmag.com/home/2013/09/24/jeremy-klein-nearly-20-years-of-hook-ups-skateboards/
JENKEM:http://www.jenkemmag.com/home/




ガキのころ、ジェレミー・クラインは俺の大好きなスケーターの一人だった。ビデオゲーム、女の子、キャンディー、スケートボーディング、火遊び。ジェレミーと俺は同じ趣味をしていると思った。俺はアニメや日本のカルチャーにどハマりしたことはないけれど、ジェレミーのブランド「Hook-ups」は大好きだった。でもHook-upsのきわどいデザインのTシャツは学校では禁止になっていて、裏返しに着させられたもんだ。今回Hook-upsが20周年を迎えるという事で、ジェレミーに現在のスケートボードについての意見や、トニーホークのこと、Birdhouseのビデオ「The End」の制作について話を聞いてみた。


君とトニー・ホークは彼がBirdhouseを始めた頃から親しい間柄だし、当時はライダーでもあったよね?トニーがハイになってる時ってどんな感じだったか教えて?

俺がトニーがハイになってるのを見たことがあるのって1回くらいだよ。彼は今も昔も変わらずめちゃくちゃいい奴だね。どんなことにも落ち込んだりしないし。君が言ってるのって、トニーがツアー中に大麻を吸って、(スティーブ)ベラががっかりしたって話のこと?それに関連して面白いことがあったんだけど、ツアー中にベラの友達が俺たちのバンに乗り込もうとしたとき、俺がそいつをおちょくったんだ。そしたらベラからムカつかれちゃって。その頃Birdhouseは俺の名前とBirdhouseProjectのロゴが刺繍がしてある帽子を作ってて、ベラはツアー中ずっとその帽子を被ってたんだけど、その一件以来毎日少しずつ刺繍が外れていって、最終的には俺の名前なのか何なのか読めなくなってた。まぁなんてことない話だけど。仲のいいときも悪い時もあるけど、ベラはいい奴だよ。




Hook-upsのビデオ「Destroying America」で、車で木をなぎ倒してる映像があるけど、どうやったらあんなことできるの?

The Endを作った後で、けっこう簡単にいろんなものを車で乗り越えられるって気がついたんだ。ただ、いつも突っ込んだ後にはハマって動けなくなって大変だったよ。ヒース(カーチャート)って運転してるとき、全然何も考えないんだよね。俺はヒースよりも少し速度を落としてたんだけど、ヒースはもう全速力で突っ込んでいくんだ。木に突っ込んでいくクラッシュには俺も全回車に乗ってたけど、あんまりヤバ過ぎて本当は乗るつもりなんてなかった時もあった。車が爆発するやつ以外のスタントは全部俺たちでやったよ。

木とか茂みに車が突っ込んじゃった後って、どうやって脱出したの?

一度バンが木に突っ込んで動けなくなったとき、かなり大きな木がへし折れちゃってさ、バンがグラインドしながら上に登っちゃったんだ。2、3フィートくらい(1メートルくらい)持ち上がっちゃってさ。それでレッカー車を呼んだんだけど、うちらのバンがかなり深く食い込んでて、バンを引っ張り出そうとしたら逆にレッカー車のほうが引っ張られちゃって溝に落ちちゃったんだ。だからもう一台大きなレッカー車を呼んで、最初のレッカー車と俺たちのバンを順番に引き上げた。馬鹿すぎだよね。でも昼間の大通りだったけど、特に面倒に巻き込まれたりってのはなかったな。

Hookupsのツアー中にバンの中で、乱行パーティーとかやったことある?

いやーないね。ていうか当時はそもそもスケーターってあんまりモテなかったし。それも今とは違うところだね。スケートボーディングは当時と今じゃ全然違うよ。昔は俺たちがデモをやってそこに500人来たとして、その中で女の子はいたとしても10人。そこからさらに俺たちと何かやってくれるような子は1人って感じだったよ。しかもそいつも別に美人でもないっていう。まあ隣にいるウィリー・サントスを見てるよりはマシか、ってくらいでさ。今じゃデモに大勢女の子がやってきて、しかも可愛いって感じでしょ。まぁデモツアーなんて10年くらい行ってないから今実際どうなのか知らないけど。でも今は昔よりずっとオーガナイズされてるから、きっと女の子がたくさん来るよ。

オーガナイズされてると女の子が来るってのはどういうこと?

オーガナイズされてるってのは、例えば今だとスケーターがプロモデルのシューズを出したら、シューカンパニーが主催してパーティーを開いてくれる。でもプロモデルのボードを出したときに毎回パーティーするか?って言ったらしない。でもやればいいのにって思うよ。っていうのもさ、まぁそれと女の子がどう関係するかってことだけど、例えばターゲット(訳注:アメリカのディスカウント・デパートチェーン)が「ターゲットがスポンサーしてるライダーが駐車場にやってきまーす」みたいなイベントの張り紙広告を出すとするよね。そこにたまたまタンポンを買いに来たような女の子がやってきて、その広告を見る。で、「やだ、ちょっとイケメン」とか思って駐車場にやってきたりするってことさ。ね?今じゃスケーターは顔が大事だし、昔よりもずっと一般に受け入れられてるし、変な感じがするよ。

ストリート・リーグに行ったことってある?

いや、ないよ。行くべきだとは思うけど。行ってみたら面白いと思うんだ。大会の映像を見たことあるけど、スケーターがあのコースの上でスケートしてるのを見て変な感じがしたよ。彼らの顔と名前のでっかい垂れ幕が出ててさ。別にいいんだけど、ただ変な感じだなと思っただけさ。あれをデザインしたやつは、なんでああいうのをいいと思ったのか謎だけどね。

他のスポーツのやり方に沿ってデザインしたんだと思うよ。

それは理解できる。でも俺はスケートボーディングをスポーツと絡めるのは好きじゃない。俺はスポーツが嫌いなんだ。そもそも、だからスケートを始めたんだからね。考えてみると面白いよ。今じゃお前らシリアスになりすぎだって言いたくなるくらいの感じになってるけど、俺たちの時代には真面目にスケートします、みたいなノリなんて全くなかった。俺としてはその二つの中間くらいを目指したいね。

誤解しないでもらいたいのは、俺は今のスケートボーディングを素晴らしいと思ってるんだ。ただ、その中のいくつかは別に必要ないんじゃないかと思うんだ。みんなオークレーとか、ああいうブランドのライダーになってるけど、俺がガキのころはオークレーを掛けてる奴なんてダサい奴だった。今はみんなそういうスポンサーに群がってるけど、俺だったらそんなことしたくないな。金が理由だってのは十分理解できる。でも、もし俺がオークレーがスポンサーに付くくらいビッグでスケート界で成功してたら、オークレーより別の、もうちょいクールなブランドを選ぶと思うんだよね。別に何でも自分の好きなものを選べばいいけどさ、いいものを選ぼうよ、とは思うよ。

でもオークリーほどお金をもらえないかもよ

もらえないだろうね。でも分からないよ?オークリーほどダサくなくて、でも金も持ってるってところであれば。俺が言いたいのは、こんなのいつまで続けるんだ?ってことさ。今じゃスケーターが何をダサいと思うのかすら分からなくなってしまった。だって今じゃ誰も何もダサいなんて思わないんでしょ?別に不平不満を言ってるつもりはないんだけど、あまりにも全てが金を中心に回りすぎててさ。理解はできるんだよ。だから今、この新しい時代のスタイルに適応しようと学んでるところさ。




プロスケーターとして得た収入を、自分は賢く使ったと思う?

思うね。

World Industriesのライダーだったころ、ボードのロイヤリティーでどのくらい稼いでたの?

それほど多くないよ。当時は今みたいに給与保証なんかもなかったしね。今は契約書もあるし給与保証もあると思うけど。当時はさ、今月自分のボードの在庫が2500枚あったとして、それが全部売れたら5000ドル(約50万円)もらえるって感じ。でもその翌月にボードが在庫切れで一枚も売れなかったとしたら1円も入ってこないんだ。そんな感じだった。自分がどのくらい稼いでいたのか自分でも分からないんだよ。

ある月は6000ドル、その翌月は500ドルとか、かなりバラバラだったん。で、そのうち年末になるんだけど、当時税金とかをどうやって処理してたのかも不明だね。うちの母親から稼いだ金の30%を税金として納めないといけないって聞かされた時は、まさか本当にそうだなんて思ってなかった。だから全部使っちまったんだ。たぶんプロになって最初の年は40,000ドル(約400万円)くらい稼いだと思うんだけどね。それで年末になって母親に税金を払ってもらわなきゃいけなかった。てっきり俺は母親が俺に貯金させようとして、脅かして言ってるだけだと思ってたんだ。でも実際にそのくらいの税金を払わなきゃならなかった。

Hook-upsが一番売れてたのっていつ頃?

1997年、1998年、1999年。1996年もよかった。クレイジーな時期だったよ。

どのくらい稼いでたの?

それは教えられないけど、とにかく大金だね。まぁ大金ってなんだって話だけど。



夜中にリムジンで繰り出してたときのことを教えて。

Birdhouseのオフィスで働いてるとき、リムジン呼んで街中流して、花火に火を付けて遊んでたっていうアホな話だよ。クソ酔っぱらってリムジンの車内で花火着火してさ、いつも運転手がブチギレてた。特に何の意味もなくやってたな。ステーキハウスに行くこともあれば、すっごい微妙なストリップクラブに行ったりすることもあった。ストリップクラブは最悪だ。超退屈だし、そこで遊んで楽しかったこともない。

そんなことやってて、どうすればリムジンから追い出されずに済むの?

まず最初に花火を持ってるのをバレないようにしないとね。で、走り出してだいたい30分くらい経ってからぶっ放し始める。そうすれば、いくら運転手が怒ったとしても客をその辺に捨てることはできないからね。まぁでも、何も考えずにやってたな。昔はどこへ行くにも花火を持って行ってた。Birdhouseで恒例のクリスマスパーティーがあったんだけど、そこでも花火をぶっ放してたよ。もう今じゃそんな馬鹿なことなんてできないだろうけどね。

ボーリング場でBirdhouseのパーティーをしたとき、友達のブラッドがレイジー・ボウル(訳注:lazy:怠け者とかグダグダという意味)ってのを始めてさ。メシを食ってる席から、座ったままレーンまでボールを投げるっていうやつなんだけど、それやってたらボールがバウンドして従業員のケツに命中しちゃって。それでBirdhouseを訴えるとかなんとかってなったんだけど、結局それがその後どうなったのかは不明だね。

花火に火をつけたりとかパーティーから追い出されたりとかしてて、トニーは怒らなかった?

トニーは世界一クールだよ。俺は彼が怒っているところを一度も見たことがない。何回か怒ったことあるだろうけど、俺の記憶にはないし、俺たちが自分たちのパーティーから追い出される羽目になっても、俺たちに怒ったことはない。毎回Birdhouseのクリスマスパーティーで追い出されるのが恒例になってた。全てのテーブルにダイブして半分に割る、なんてことをしたりしてた。

日本では自分たちのビデオのプレミアから追い出されたよ。The Endを大阪で上映したときなんだけど、俺とヒースで自分たちのパートになったときにステージに登って客が見れないようにブロックして、それから自分たちに火をつけたんだ。俺たちは会場から追い出されて、プレミアもそれで終了になった。だから来ていた客は誰もトニーのパートもバッキーのパートも見れなかった。

昔BordhouseのオフィスでJ・ストリックランドと一緒に働いてたとき、夜遅くまで起きて馬鹿やってたんだよね?

そうだね。一晩中いたりしたよ。「The End」の制作もそこでやってたし。ビデオの中で小屋が爆発するシーンがあるけど、あの小屋は俺とヒースで一から作ったやつなんだ。Birdhouseのオフィスのすぐ外に作った。俺たちは一晩中そこにいたし、倉庫も開きっぱなしだったから、総額何百ドルっていう商品がいつでも誰でも取り放題みたいな状態だった。昔は本当にユルかったよ。ビルの鍵は俺が持ってたんだけど、そこに何時までいるとか、誰かに報告したこともない。雇い主にすら、俺たちが中で何をやってるかなんて教えなかった。とにかくクレジットカードで買い物して、ちょっとでも金を取り戻そうってしてたな。



今のスケートシーンのことって追いかけてる?最近でいいなと思ったことってある?

つい最近、新しいエメリカのビデオを見たよ。出演してるライダー全員好きだ。ていうか、今はスケーターの数が多すぎて全部を追いかけるのは難しいよ。でもあのエメリカのビデオは特別だったね。コリン・プロヴォストのこと知らなくて、初めて彼を見たんだけど、かっこいいパートだった。

思い出したけど、ブランドン・ウエストゲートって、昔ほんの短い期間だけどBirdhouseのライダーだったときがあったんだ。あいつはそのとき15歳か16歳くらいでさ、日本にツアーで行ったときにVIPラウンジっていう俺のお気に入りのストリップクラブに連れて行ったことがあるよ。そこでカミカゼ(カクテル名)を飲ませてたんだけど、次の日俺たちがスケートしてる時に、ブランドンがゲロ吐いてる超ウケる写真が撮れた。

最後にスティーヴ・ロコ(World Industries創始者)と話したのはいつ?

いつだか覚えてない。たぶん12年前とかじゃないかな。彼は今、株の売買をやってると思うよ。スケートのことをやってくれてたらって思うけど・・・でもそれはもうありえないな。

彼は今単純にサーフィンしたりして優雅に過ごしてると思ってたけど?

たぶんね。でもほぼ間違いなく株に手を出してると思うよ。

World Industriesを売った金があれば一生働かなくていいと思うんだけど?

そうだね、働く必要はないと思うよ。でも大金を持ってると、それをもっと増やしたくなるもんなのさ。ロコって、たとえ金なんて必要じゃないときでも、とにかく稼ぎたいっていうタイプなんじゃないかと思う。みんなを馬鹿にして自分の優秀さをアピールしたい性格っていうか。スケート業界に入って大成功してナンバーワンになって、その後スーツ着たクソみたいなビジネスの世界に入ってもまた大成功っていう。単純にそういうやつなんだよ。


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Interview: Ian Michna
Original Illustration: Lauren Kolesinskas
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最近エトニーズとHook-upsのコラボシューズもリリースされました。
欲しい・・・


2015年1月4日日曜日

AUSTYN GILLETTE Interview by JENKEM

今年最後の翻訳記事です。

JENKEMのAustyn Gilletのインタビューです。
かなり面白いです。

JENKEM:http://www.jenkemmag.com/home/
元記事:http://www.jenkemmag.com/home/2014/11/19/candid-conversation-with-austyn-gillette/

photo: ryan allan

オースティン・ジレットをインタビューするのは楽しい。なぜなら触れちゃいけない話題なんて何一つないからだ。嫌味なジョークから女の子の話やドラッグの話まで、普通のスケーターならインタビューで話すことを避けたがる話題も、オースティンはむしろ楽しんで話してくれる。外見からだけだと、クールで乾いたユーモアの持ち主という感じだが、その裏には鋭い洞察力を持った思慮深い努力家の顔を持っていることは、あまり知られていない。まだ子供のころから、オースティンは実質的に自力で生活してきた。リバティー・ボードショップ(スケートショップ)で働いて家賃やその他の請求書の支払いをし、自分で飯を食い、それと同時にスケートキャリアを積むためにはどうしたらいいのかを考えていた。Habitatなど初期の重要なスポンサーの助けがなかったら、今頃は全く別のオースティン・ジレットになっていただろう。

君のアドバイスを聞きたいんだけど。

何に載るんだっけ?

Jenkemだよ。

オーケー、パーフェクト。

君は女の子にモテそうだよね。素敵な女の子と出会うためにはどうしたらいいのかな。

ファック…知らないよ。そんなもんにレシピなんてないよ。ぶっちゃけ最近すごく良い子に出会ったけど、別にバーで出会ったとかそんなんじゃない。このうわべばかりの世の中で、中身のある人に出会うのはマジで難しいよ。でもそう言う俺自身、薄っぺらいやつなんだけど。「こいつは見た目がよくない」なんて思ったりするからね。だからどのツラ下げてって感じだけど、どこに行けば中身のある人に会えるかなんて分からないよ。申し訳ないけど、カリフォルニアじゃないね。少なくともLAじゃない。

勃起したくないときに勃起しちゃったときって、どうやって隠す?

チ◯ポのサイズにもよるけど、押し込んで隠せばいいよ。ベルトの下に持ってきて、その上からTシャツ被せて、もっこりしてんのをバレないようにする。金玉を叩くのもいいね。あれは効くよ。あとは全然別のことを考える。おばあちゃんがウ◯コしてるところを想像するとか。でも全然効果ないときもあるけど。ミーガン法のサイト(変質者リストのサイト)に載りたくなかったら、とにかく何としてでも隠さないと。俺の母親はよくそのサイトをチェックしてたよ。俺たち子供が学校からの帰り道にいたずらされないようにね。基本的にはグーグルマップみたいなやつでさ、住所を打ち込むと、その周辺にいる性犯罪者のリストが見られるんだ。

photo: andrew James peters.

ディラン・リーダーのHUFのシューズのコマーシャルについてどう思う?

アンオーソドックス。それだけかな。ヤバいスケート。まぁでも知らないよ。まさに、ああいうのがディランの好きな物なんだ。

あんまりシリアスに自分のことを考えすぎんなよ、とか彼に言ったことある?

別にディランはそんな奴じゃないよ!そういう風に思われちゃってるのが不思議なんだけど。まぁ俺はあいつを個人的によく知ってるからだろうな。俺たちはいつも冗談ばっかり言ってるよ。外ではシリアスな表情と笑顔の両方を交互に見せたりするけど、でも実は超面白い奴なんだよ。もしかしたらあのコマーシャルを作ってた時はダークな時期だったのかもね。知らないけど。裸の女が出てきたり、あの音楽だったり。あのとき俺はずっと呑んだくれてたたから気づかなかったけど。でもあんなスケートビデオなんて今まで見たことないよ。

ベルリンで君が彼と一緒に住んでいたとき、みんな君たちのことをゲイだと思ったんじゃない?

たぶんね。別にどうってことないけど。17歳の時に初めてベルリンに行って、ベルグハイン(ゲイが大勢集まるクラブ)に入ろうとしたんだけど、入場拒否された。乳首のところに穴を開けたTシャツまで着て行ったのにダメだった。たぶん俺は違うって感じたんだろうね。あそこじゃ笑顔でいちゃダメなんだ。悲しい顔をしたゲイでないといけない。そこなんだよ。そういうところが俺には耐えられない。俺はエクスタシーなんてキメたりしないし、あんなもんいらない。でもみんなはエクスタシーをキメたいからあそこに行くんだろ?それともゲイとか女の子の集団で一晩中踊って、プライベートルームの中でセックスでもしてんの?Berghainに行くならエクスタシーでキマってないと、逆に変人扱いされる。

俺もあそこに行ったことあるけど、別にエクスタシーはキメてなかったよ…

君は変人だ!このいかれたサイコ野郎め!俺は中に入ったことないから知らないだけなんだろうけど、中はカーニバルみたいになってるんじゃないの?ドラッグとセックスのカーニバル。みんな踊ってるんだけど何も見えなくて、窓は全部黒く塗られてて外界から遮断されてて、自分自身も外界から遮断されるんだ。中に入ったことのある奴からはそう聞いた。ドイツ訛りで「ヤバいパーティだぜ!10時間も踊りっぱなしだ!」って言ってたよ。それ聞いて全然入りたいと思わないけど。

最近遊びでドラッグやったことってある?

ハロウィーンだね。あれはイカれてた。夜中の3時に(マジック)マッシュルーム食って、Target(訳注:アメリカのディスカウント百貨店チェーン)に行ったんだ。カボチャとしばらく喋ったりとかして、次の日の朝8時まで遊んだな。2年前のクリスマスイヴでも、マッシュルーム食ってWalmart(同じくアメリカのディスカウント百貨店チェーン)に行ったんだ。前からやってみたかったんだよね。棚の2段目に置いてあったトレーニングマシンに乗ろうとして追い出されたけど。ああいう場所って面白いから好きなんだ。とにかく全部がすごい勢いで迫ってくるっていうか。歯ブラシを買いに来たのに、歯ブラシを買わずに全く必要のないフローリング・ワイパーとバナナの皮むき器を買っちゃう、みたいな。ああいうでかい店に行ってトリップするのは楽しいよ。

スーパーストアでトリップ。それが休みのときにやること?

そうだね。スーパーストア・トリッピング。今君にそう言われちゃったから、これからは休日のお約束になりそうだよ。



HUFのライダーになる前には、きっと他の大企業から多額のオファーが来てたと思うんだけど、どうやってそれを落ち着いて処理して、最終的にHUFのライダーになることを決めたの?

別にそんな感じでもなかったよ。不思議だけど、みんなそういう感じで(HUFのライダーに)なったと思ってる。でも実際はそうじゃない。カンパニーの多くは俺の業界内での評判を知ってるから、大企業のライダーにはならないだろうって知ってた。チームには馴染まないだろうし、ブランドのイメージも変えられないだろうし、そもそもそんなことやりたがらないだろうってね。わかんないけど。でもスケーターがオーナーのブランドのほうがいいに決まってるし、誰だってそう言うよ。そういうことさ。俺はキース(ハフナゲル。オーナー)とも、仲のいい友達みたいに話せる。「ファックオフ」とか「遊ぼうぜ」とか「ビール飲もうぜ」とか彼に対して言えるし、(HUFが作っている)ウィードソックスの悪口だって言える。本当に友達みたいな関係なんだよ。だからカンパニーと一緒に成長していきたいって思えるし、成長する姿を見たいって思う。だって俺たちは世界で一番大きなシューズカンパニーなんかじゃ全然ないからね。

大企業のシューズブランドは大人数のチームを抱えてるけど、HUFにはもっとチャンスがあるんだ。脇に追いやられて放って置かれたりしない。大企業はチームをAチーム、Bチーム、Cチームって分けてるんだ。マジでそうしてるんだよ。みんなが知ってるかどうかは知らないけど、でも実際そうなんだよ。ファーストクラスに乗れるライダーと、エコノミーに乗せられるライダーと、1年に1回くらいしかツアーに連れて行ってもらえないライダーがいる。チームをカテゴリー分けしてるんだ。HUFではそんなことは起きない。俺たちは全員エコノミーだ。全員クソエコノミーに座るんだ。ハフだって真ん中の席に座るし、ラッキーだったら外側に座れる。みんな平等なんだ。大事なことだよ。俺たちは共同体なんだ。

キャリアの初期にはQuicksilverのライダーだったよね?どうだった?

最高だったよ。ケリー・スレイターとチームメートだったなんてね。(笑)でも旅に行ったりできていただけで、別に大金をもらってたわけじゃない。でも何でもやってくれたよ。どこかに行きたい、そこで撮影したいって言えば、そこに行かせてくれるんだ。頼んだその日に航空券をくれたよ。だから例えば、「JENKEMが一緒に何かやりたがってるからニューヨークに行きたい」なんて言えば、もうそれだけで航空券がもらえるんだ。アート(サーリ)やステファン(ジャノスキ)や他のみんながいた時代のことは知らないんだけどね。その当時はすごかったらしいよ。自分たちのプライベートジェット持ってたりとか。俺はスケートが本当に景気がよかった時期に乗り遅れたんだよね。ギリギリあと一歩遅かった。

プロスケーターでいることで、一番大変なことって何?

一番しんどいのは、周りのレベルに合わせて絶えず向上し続けないといけないことかな。俺は自分に何ができて何ができないのかを分かってるし、今は本当に無理だと感じてる。それが一番大変なことだね。だからストリートリーグに参加してるってところもあるんだ。嫌でもネクストレベルに行かないといけない環境に身を置いてる。もはやアスリート的に取り組まないといけないくらいな感じがするけど、それが今のスケートの現状だし、そこで何とかしようとはしてる。とは言っても、俺はそういうタイプじゃないってみんな知ってるけどね。俺はクリス・コールとか他の人たちみたいに上手くない。

もう一つ大変なことってわかる?そういうのって、スケートボードの楽しい面を奪ってしまうんだ。大変なことって言うより、悲しいことだね。それが見ててわかるんだ。今のキッズたちは自然とそうなっていくっていうより、とにかくストリートリーグにいるようなエリートスケーターにならないといけないと思ってる。俺がガキの頃は、もうインターネットの時代にはなっていたけど、でもYouTubeの動画がきっかけでスポンサーが付くとか、そういうのはなかった。Hi-8のテープと、あとは口コミだよ。俺の場合はもっと自然にスポンサードされるようになった。最近は俺より10倍も上手い人たちが、全然楽しんで滑ってないのを見る。悲しいよ。でも今はそのくらいレベルが高いんだ。俺もそういうことの影響を受けてる。


photo courtesy of brad staba / big time distribution

君は高校時代、自己学習プログラムで勉強してたんだよね?どうして?

8thグレード(中学2年)の時に、俺は初めてのHabitatのビデオパートの撮影をしてたんだ。それで半年間学校に行ってなかった。だから高校に入る時も、俺はカウンセラーに「半年は学校に来られない」ってことを言わなくちゃならなかった。でもそのときカウンセラーは「たぶん君は僕よりもお金を稼ぐようになるだろうね」って言って、頑張るように言ってくれたんだ。あれは嬉しかったな。それで彼は俺のために自己学習プログラムの申し込みをしてくれた。だから出来る限り早く高校の過程を終わらせようとしたよ。高2は飛び級した。でも高校最後の年になって、Habitatのみんなから「高校は行っといたほうがいい」って言われたんだ。経験しておけってね。みんなから後悔するぞって言われたよ。みんな俺に高校に行って欲しがってた。

俺の人生はものすごい早さで進んでたからね。たぶんそれは俺の家庭環境と関係があるんだろうけど。ガキのころに与えられなかったもの、そして俺が自分自身のためにやらなきゃいけなかったこと。俺の家は貧乏だったから、保険やらなんやらを俺が自分で払わなきゃならなかった。まだたった13歳のときにね。全部のことをガキのうちからこなしてたから、みんな俺に少しゆっくりして欲しかったんだと思う。すこし落ち着いて、17歳のくせに30歳みたいに振る舞うような、早熟しすぎの奴にならないようにってね。あれは最高のアドバイスだった。高校は大嫌いだったけど、最後の年は学校に行って、ちゃんと卒業した。

photo: andrew james peters

なんでそんなに大変な家庭環境だったの?

うちの家って普通のよくある家庭じゃないんだ。両親は俺が4歳のときに離婚して、マジで最悪だったんだけど、他にもドラッグの問題やら色々あって、すごくピリピリしてた。親父は俺が生まれる前までは裕福だったけど、離婚してからどんどん悪くなっていった。13歳から18歳になるまで親父と一緒にクソぼろいアパートに住んでたんだけど、親父は全然金を稼いでなかったから、俺はスケートショップで働き始めた。リバティー・ボードショップだね。俺はまだ14歳だったから、法的にあそこで働ける年齢じゃなかったけど、みんな友達だったから(働けたんだ)。だから14歳でもうすでに自分で自分の支払いをしてたし、食事も、自分の面倒は自分でみてた。その感覚自体は好きだったんだ。仕事を終えた後の充足感とか、仕事の成果を見たり、プロダクトを見たりね。早い段階で色んなことを学んだよ。

良かったよ。その年で労働っていうのは何かを理解したし、何もしなければ何も得られないってことも学んだ。かなり早い年齢で、何かをしたいなら、それに向かって行動しないといけないってことを学んだんだ。そういう風になれたのは良かったと思うんだけど、そのおかげで他人に助けを求めることを、ちょっと躊躇するようになった。でも他人からの助けを受け取らないって態度でいると、それは友達を失う事になるんだ。自分の人生にその人たちを関わらせないってことだからね。そういう良くない面もあった。「俺は自分ひとりで何でもできる。もう10年もそうやってきた」って感じさ。だから俺には自分自身と、兄弟だけだった(訳注:兄なのか弟なのかは不明。たぶん弟?)。兄弟だけが俺の家族さ。親父は俺が19歳のときに死んじまった。普通とは違う家庭環境だったから、今とは全然違う方向に行く可能性もあった。ドラッグにハマってソファーの上でずっと座ったまま何もしないで、大麻に有り金全部使っちまうような奴になってた可能性もあった。

他にももっと、みんなが知らないエグい家庭の話とかあるけど、それは俺が言わないからね。「俺の人生はマジでハードだ、むちゃくちゃだ」なんて言わない。だって今はそうじゃないから。人生うまくいってるよ。もっとひどい人生だってあり得た。エボラ出血熱に感染したりとか。(笑)まぁそれは悪い冗談だけど、でも本当にもっと悪い人生になることもあり得た。

Habitatは君を助けてくれた?ある意味君にとって家族みたいなものになってたりする?

そうだね、Habitatのみんな、特にブレンナン・コンロイは俺のことを本当に助けてくれたよ。ダニー・ガルシアにも俺が13歳のころから面倒みてもらったし、そういう人たちが周りにいてくれて本当に良かった。スケートをしてたおかげで彼らに出会えたし、自分にとって正しいチームのライダーになれた。もしあの時Bakerのライダーになってたら、俺は今頃ボロボロになってたかもね。でも俺はHabitatを選んだ。それは本当に良かったと思ってる。どうやって全てがうまくいったのかは分からないけど、でもうまくいったんだ。

Photography: Andrew James Peters & Ryan Allan
Interview: James Lee
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2014年10月2日木曜日

ANDREW REYNOLDS INTERVIEW by JENKEM

JENKEMのアンドリュー・レイノルズのインタビューです。

ボスです。かっこいいす。
最初の質問が超直球でウケます。

元記事:http://www.jenkemmag.com/home/2014/09/02/the-andrew-reynolds-interview-2/
JENKEM:http://www.jenkemmag.com/home/


photo: atiba / courtesy of emerica


どんなサブカルチャーでも、20年以上にわたってトップに立ち続けているような人間は稀だ。みんな知っているように、勢いに乗ってシーンに登場するだけでも大変なのに、それを維持し続けるとなるともっと難しい。アンドリュー・レイノルズはそうした数少ない人間の一人だ。スケートボーディングがいくつもの時代を経た今でも、変わらずにそのキャリアをプッシュし続けている。彼は90年代のころと変わらず「ボス」のままだ。徐々に写真やアートや、業界内での仕事を始めるようになる他のレジェンドたちと違い、レイノルズは30代になってからも自分のスケートを進化させながら、そのトップの座を保持し続けている。日ごとに、そしてトリックごとに。



君って億万長者なの?

うーん…100万ドル(約1億円)持ってたら億万長者?

もちろん、そうだよ。

だったら、それに近いところにはいるね。100万ドル近くは持ってるんじゃないかな。でももし、過去に起こった出来事のうちのいくつかが起こらずに、そしてもっと違った選択をしてきていたら、たぶん今持ってる財産の3倍か4倍は持ってたと思うよ。今持っている知識を当時いくらかでも知っていれば、って思う。…昔はレクサスのSUVにベンツ、BMWなんかを持ってた。別れた元嫁もBMWに乗ってたし、丘にある家は彼女に持って行かれた。…すごくお金をかけたのに、一緒に持って行けないものってのは沢山ある。今はこの美しいフォードのVictoriaに乗ってる。それで満足だよ。人生は経験して学んで行くものだね。

しばらく前から断捨離を始めたよね?いろんなものを売って、小さな家に引っ越して。どうして?


単純に、ベッドルームが5つもあるような家に、俺と子供一人で住むのは馬鹿げてると思っただけだよ。俺はいわゆる普通の家に住みたかったんだ。今までいろんなもので金を失ってきた。キャデラックを何台も持ってた時期があったんだけど、それってギャング映画やOutkastとか色んなものからの影響でさ、キャデラックを持ってないといけないと思い込んでたんだ。ある時から欲しいなんて思わなくなったけどね。昔は古い車が好きで、他に何も考えてなかったんだ。今はもうそういうものに興味はない。家にも車にも何にもね。食べるものと、家族と、友達と、それと住むところがあれば、そういうことは少しも重要じゃないよ。



君はもう10年以上シラフだけど、そもそもどういう風にして酒やドラッグにハマっていったの?

小さな町で育つとさ、それがみんなのやることなんだよ。パーティさ。多分みんな退屈で、何かやることはないかって探してるんだと思う。大人になる過程の一部だよ。当時俺は16とか17とかで、友達のほとんどは年上だったし。そうやって入っていった感じだね。まだ16歳のときから、飲むときはゲロを吐くか、記憶を失くすまで飲んでた。ガキすぎて酒のことなんて分かってなかったんだ。記憶を失くすまで飲んで次の日ゲロ吐いて、それがパーティをしてるってことだと思ってた。そのころに草にもハマりだした。南部ってのはさ、みんな車を乗り回しながら草吸ってるんだよ。今でも(南部は)そうさ。たぶんそれが南部のノリなんだと思う。Outkastの曲を聴いて、ブラント巻いて吸って。交差点でエリッサ(スティーマー)を見かけて、車の窓からブラントをまわしてやったことなんかもあったな。

18歳になってカリフォルニアに引っ越して来たんだけど、(トム)ペニーとか(チャド)マスカとか、俺が尊敬していたスケーターはみんなカリフォルニアにいて、ヤバいスケートをしてた。そういうカルチャーってのもカリフォルニアではもっと受け入れられていて、草吸って酒飲んでスケートしてってのは普通のことだったんだ。ダスティン(ドリン)はガキの頃からドラッグをやってたんだけど、ある晩彼がコカインを持って来てテーブルに置いたんだ。それでコカインをやった。悪いことだとかは何も考えてなかったね。草と同じようなもんだった。

何ヶ月か後にも誰かがコカインを持ってたんで、そこでもやった。そのときから、当時19歳だったんだけど、コカインをやるようになった。それからまた別の奴らと付き合うようになって、そいつらはクラックとか他のドラッグをやってたんだけど、俺は草吸いながらコカインもキメるようになった。あれば何でもやったよ。エクスタシー…とにかくあの時期はなんでもやってみた時期だった。でも毎回後悔してたんだ。毎回これが最後だってね。朝起きて思うんだ、「ファック、俺は何をやってんだ?馬鹿すぎる。こんなことしたくない」ってね。でもまたビールを何杯か飲んで軽く草吸って、みんなでパーティしてたら頭が切り替わってしまって「ルールなんてない、行くぜ」ってなってしまう。それは俺が依存症だったからさ。みんながみんなそういう感じになるわけじゃないけど、もしドラッグ依存でしかもアル中だったら、そういう風になるんだよ。

ドラッグとかでスケートの助けになったものってある?

ないよ。絶対ない。草も酒もドラッグも、何の助けにもなりはしない。これは自信を持ってそう言えるよ。マジで何もない。誰にとってもね。本当にそう思う。もし誰かが「ハイになってるときのほうがスケートできる」とか「ビールを飲めば何にでもトライするぜ」なんて言ってたとしたら、それは大嘘だよ。クリアな意識でいるときだけ、物事に集中して良い仕事ができるんだ。

君のライダーでもあり友達でもある、アントワン・ディクソンが刑務所から出てきたね。彼についてのニュースとかってある?

そうだな、こういう感じで彼について話したくはないかな。彼は自分の道を進んでる。今何をしてるのかはよく分かんないよ。

young reynolds at patrick o’dells art show / photo: @morgnar courtesy of active

今多くのボードブランドがチームを縮小しているみたいだね。君もスパンキーとブレイドンを切った。将来的にスケートのチームって少人数になると思う?たとえば3、4人だけでブランド全体を代表する、みたいな?


それは分からないね。今はそういう風になりそうに見えるけど。でも俺にとってはチーム全体を好きになるっていうのが普通なんだ。ほとんどそれが全てだよ。ファミリーなんだ。俺がガキのころはプランBや(ワールドの)20 Shot Sequence みたいなビデオを見て、「なんてヤバいチームなんだ!」って思ったもんだよ。彼らはみんな一緒につるむし、同じスポットで滑って楽しんでる。個人的にはそのバイブスを維持して行こうとしてるよ。Bakerはそれが全てさ。みんながみんなずっとプロでいられたら、って思うけど、実際問題そうはいかない。それは納得してるんだ。物事のサイクルってそういうものだろ?そういうのも全てスケートボーディングの一部さ。

JENKEMで何年か前にジェイ・ストリックランドをインタビューしたんだけど、彼は未だに過去のことにこだわってたよ。君たちは今は仲直りしてるの?(訳注:この時のインタビューでジェイ・ストリックランドはレイノルズたちに裏切られた、Bakerのロゴやグラフィックをデザインしたのは俺なのに、などの話をしている。)

2、3年前にジェイとニューヨークで会ったよ。彼がBakerをクビになったことは、別にそんなに問題になってるとは思ってないよ。未だに納得出来ないでいるとしたら、それは彼の性格の問題だと思う。彼は例えば、もしタコスショップなんかで誰かにディスられたとしたらもう二度とその店には行かないような、そういうタイプの人なんだよ。(ジェイがクビになったのは)もう15年も前の話だぜ?クレイジーだ。ニューヨークでは結構長く話したし、いい感じだったけど。でも分かんないな。俺は仲直りをするでも何でもオープンだよ。

ジェイミー・トーマスはライダーたちにビデオパートの撮影でトリックをメイクさせるために、インセンティブをあげたりしてモチベーションを上げようとすることで知られてるけど、そんな風にお金を餌にしてライダーにトリックをメイクさせたことってある?

一回もないよ。俺は基本的にみんなに好きにやらせてるよ。まぁ友達として一緒に滑っているときに、「これメイクしたら20ドルだ!」みたいに言うことはあるけど。別にトリック・リストとかないし、何かメイクしたら給料を上げるとかもない。みんなには何でもやりたいことをやらせるようにしてる。キーナン(ミルトン)やジノ(イアヌーチ)みたいに、フッテージの量は少なくても、その価値が反比例して高いスケーターが好きだ。だから誰かに向かってどんなトリックをすべきだとか、どのくらいフッテージがないとダメだとか言わないよ。

君は最初のころはトニー・ホークのカンパニー、Birdhouseのライダーだったよね。そのころのことで、今でも心に残ってることってある?

もちろんあるよ。もしトニーがデモにいたとしたら、それはトニーがヤバいことをやってくれるってことなんだ。気取った奴らはそうは思わないかもしれないけど、俺はそういうのって最高にかっこいいと思う。俺がデモで滑るときは、ベストを尽くしてキッズたちのためにヤバいスケートをする。だってキッズたちはそれを見に来てるんだからね。常にそのことをトニーから学んできたよ。体調最悪で足首は腫れ上がってて、3週間もツアーにでてボロボロになってる状態でも、どんなときでもトニーはデモに出て、凄いスケートをするんだ。何があってもね。たとえどんな家族内の出来事があっても、たとえ酷いツアーだったとしても、いつでも彼は全力で滑って、そして何に対しても一言も不満を口にしないんだ。

人から気づかれたり有名でいることに、疲れたり嫌になったりすることってある?

いやいや、ないよ。こないだもスパンキーと一緒にタダでスターバックスのコーヒーをもらったんだけどさ、普通はそんなこと(訳注:有名人で 得したとか)を自分で言ったりなんてしたくないだろ。だから店を出る時に、逆に冗談で「こういうの俺ほんと大好きなんだよね!」なんて言ったりしたけどね。まぁでも誰かが俺たちに気づいて、それでコーヒーをタダでくれたりってのは有り難いことだよ。それに向こうもいい気分になれるしね。誰かに何かをしてやったってことでさ。例えばニック・ケイヴ(ミュージシャン)とか、誰か尊敬している人が自分の職場にやってきたら、俺だって何かあげたくなると思う。そして両方ともいい気分になれる。キッズたちはいつもいい感じだよ。最高だね。だから(有名でいることが嫌だとかは)ないね!全部最高さ。


photo: @morgnar courtesy of active


君はいま30代半ばで、いまだにギャップやステアを飛んでるよね。みんなに教えてあげられる健康の秘訣だったり、ルーティーンとかってある?

俺がスケートを始めた時代は、ストレッチとか健康でいることはスケートと全く無縁な時代だったから、そういうのは新しいことなんだ。ストリート・リーグなんかじゃ、スケーターがストレッチしているのを見るだろうし、あの中にはパーソナル・トレーナーを雇ってる奴なんかもいるんじゃないかな。正直、もし今でもフライドチキンを食ってタバコ吸って、ストレッチなんか全然しなくても22歳のころと同じように滑れるんだったら、そうしてるよ。でも俺にとってはスケートを続けるってのはサバイバルなんだ。あと、今はシラフだってのもあるね。タバコも吸わないし、ドラッグも酒もやらない。それはだいぶ役に立ってるよ。

今のところ肉も乳製品もやめた。ほとんどスムージーばっかりだよ。それとVegaっていう植物性のプロテインパウダーも使ってる。勉強したところによると、スケートの後で筋肉痛になるのは、筋肉が切れたあと乳酸が出るからなんだ。プロテインってのは筋肉が超回復するのに必要なものだから、ハードにスケートした後はプロテインを採るのが一番いい。次の日筋肉痛になるのを避けることができるからね。

常にフルーツや野菜、水をもっと採って、もっとストレッチするように心がけてる。そうすると気持ちがいいからね。もしそういうことをやらなくても、スケートできなくはないけど、やったほうが間違いなく調子がいい。大きな水のボトルを1日3本飲んで、毎日ストレッチを続ければ、正直50歳くらいまではかなり上手く滑り続けることができると思う。長く続けるコツは、ちょっとしたことの積み重ねだよ。

すごく難しいトリックや、恐いトリックをトライするとき、何も考えてない無の状態になるっていうスケーターの話を聞くけど、そういうことって経験ある?


もちろん。ジム・グレコとそのことについて話し合ったことがあるよ。トリックをトライすることで、常にその無の状態を追い求めてるんだ。ほんのガキだったころから、そのことに気づいてたよ。フロリダにいた頃はたくさんコンテストに出てたんだけど、後からみんなが「ツェッペリンがかかってたな、カッケー」とか言ってても、俺は「何の話してんの」って感じだった。自分が滑っている間はずっと、俺にとっては無音だったんだ。タンパ・プロ(コンテスト)とかでも、超集中して無音になる。もしコンテストとかデモとかで、かかってる曲が何だったか言えたとしたら、それは俺があまりそこにいたいと思ってなかったって証拠だよ。

音楽が聴こえなくなること以外に、コンテストのランの途中とかトリックをトライしているときとかに、無の状態になったりする?


君もスケートやってるから分かると思うけど…人々がお金を払ってまで瞑想やヨガを学ぼうとするのは、それが理由だよ。(スケートの場合は)それの最も極端な形だね。スケーターが2週間くらい滑らずにいたら「ああ。外に出て何かしたい!」ってなるのは、そういう感覚や、普段の生活を忘れる感じが染み付いちゃってるからだと思う。必要なんだ。




君はゲームの「Tony Hawk’s Pro Skater」にも登場キャラとして出てたよね。それでお金って結構もらえた?


初回作では、ゲームの売り上げに従ってキャラクターになった奴らみんなにロイヤリティが支払われる仕組みだった。ゲームが発売された後、キャラクターになった奴らはかなり注目されるようになったよ。当時はデモに来るキッズの4分の1以上が、「トニー・ホークのゲームで君をプレイしたよ!」っって俺に話しかけてきた。「君の新しいビデオパートを見たよ!」じゃなくてね。で、初回作のギャラをみんなもらったんだけど、エリッサ・スティーマーや俺とかキャラクターになった奴らはみんな大笑いだったよ。ロイヤリティの小切手をもらったんだけど、190,000ドル(約2000万円)くらいあった。俺たちみんな「マジで?超最高だぜ!」って感じだったな。

そのあと、誰だか知らないけどギャラはタダでいいから自分もゲームのキャラにしてくれってゲーム会社に言ったプロスケーターがいてさ、それで会社のほうも「こいつらがタダでもやりたいって言ってくるんなら、次回作からは定額のギャラにしよう」ってことになった。実際次回作からはそうなっって、ギャラは定額で10,000ドル(約100万円)くらいになった。だからって文句は言えないけどね。だったら100万円なんていらねー、なんて言える立場じゃなかった。大ヒットゲームだったからね、みんなOKしたよ。それにしてもエリッサ・スティーマーも2000万円もらえたのは最高だったな。(笑)

Bakerのビデオ「Baker 3」で、君は「こういうビデオが出続けている限り、俺たちはオリンピックにはならない」って書いてたけど、時を経て、スケートボーディングがオリンピックの競技種目になる日がすぐそこまで来ているけど、このことについて今は違った考え方になったりしてる?

うーん、今はそういう事に対してそれほど頑固じゃなくなったな。正直言って、どうでもいい。世界を見渡してみればさ、そんなことよりも飢えに苦しんでいる人たちとか、そういう問題が沢山あるだろ。(そういうことに比べれば)スケートがオリンピック競技になることなんて、別に心配することじゃないよ。

俺はカリーム(キャンベル)が太いパンツを腰履きして、リーボック履いてハリウッド中をスケートしてた時代が好きだ。BakerやPalaceが好きだ。ジョン・ディクソン、リッキー・オヨラ、イーストコーストのスケーターたち…ウェス・クレマー、グラント・テイラー。Deathwishのライダー全員、みんな好きだ。俺がスケートで好きなものってのはそういうものだよ。いつだってそういうリアルでロウなスケートは存在し続ける。そして今はスケートには別の面もあるってことさ。オリンピックになったらバランスが取れるようになるんじゃない?他のスポーツにも洗練されたクリーンな面と、荒っぽい不良な感じの面って両方あるのかな?知らないな…まぁどうでもいいけど。オリンピックになったら、誰かが大金を稼ぐのは間違いないね。それは分かる。

photo: atiba / courtesy of emerica


スケートが世界的に大観衆の目に触れるようになることで、君みたいなカンパニーのオーナーにとっては利益になるんじゃないかと思うんだけど、スケートボードがもっと売れるようになるとは思わない?

思わないね。そこがみんなが勘違いしているところだと思う。ナイキとかマウンテン・デューとかの企業はさ、別にこういう企業に反対しているわけじゃないよ、でも彼らはスケートで大金を稼げると想像してると思うんだ。でも、いくつかスケートブランドを運営している俺の立場からすると、別にそんなに大きな市場じゃない。俺は真実を知ってるからね。そんなに大金なんて稼げないよ。本当にスケートしてるスケーター、つまり実際に板が折れるまで乗って、ボロボロのシューズを履いてる奴らが何人いるのか?分かんないよ。

ネブラスカであったZumiez(アメリカのチェーン・スケートショップ)のコンテストに行った時、そこには30人しかいなかったよ。みんな実際よりもスケートは大きいと思っていて、金を稼げると思ってる。世界中でJanoski(訳注:Nike SBのStephan Janoskiモデル)が流行っててみんな履いてるから、「すごいな、プロスケーターのシューズってそんなに売れるのか?」みたいになってるけどね。でも彼のシューズはたまたまチャック・テイラーみたいになっただけだよ。ステファンは素晴らしいタイムレスなデザインをしたけど、そんなのは人生で1度あるかないかのことさ。他のファッションとの関係とかもあって、みんなスケートボーディングを実際よりも大きいと勘違いしている。

真実を話すなら、スケートは小さいと思う。俺は俺のところのライダーのプロボードがどのくらい売れてるのかを知ってる。一番売れているライダーの板でも、どのくらい売れるものなのかも知ってる。そんなに多くないよ。逆にそれがいいんだけど。俺たちにとってはね。この小さなカルチャーの中でカンパニーを運営している、俺たちみたいなスケーターにとってはさ。他の人たちが金を稼げると思って外から入って来てるけど、実際はそうじゃない。投資した金が返ってこなくなったときに、こういう人たちが考えを変えるかどうかを見てみたいね。いずれ分かるよ。

photo: connor harrison schultze

自分のプロとしてのキャリアが終わる前に、スケートボーディングで成し遂げておきたい目標とかってある?

俺はBakerやPissdrunx、それに俺たちの仲間が引き起こしてしまったダメージってのがあると思ってて、それを出来る限り修復していきたいと思ってる。出来る限りキッズたちを酒やドラッグ、そういうライフスタイルから遠ざけることができるようにね。俺にとって良い仕事だと思うんだ。俺はスケートボーディングをユニークで、小さくて、そして楽しいもののままにしたい。それだけだね。

君は初期のBakerは間違ったメッセージを送っていて、その影響で道を誤ったキッズたちもいるだろう、って感じてるの?


そうだね。嘘をつかずにやってると、こういうことが起きてしまう。俺たちがやってたことは全て真実だからね、Beagle(Bakerのフィルマー)がドキュメンタリーを作ったとしたら、あれが俺たちさ。あれがBakerだった。それは変えられない。でも今は俺は一つの手本として、クールに見られるためにそういうことをする必要なんてないってことを伝えたいんだ。沢山のキッズがデモで俺のところに来て、「色々ドラッグとかにハマり始めちゃってヤバかったけど、リハビリに行ってアル中のカウンセリングに行って、今はもうやんなくなったよ」っていう話をしてくれる。多いよ。誰かの人生を救えるかもしれない。俺にとっては「大好きなスケーターだ」って言われるよりも大事なことだよ。キッズの一人くらいは、ヘロインのオーバードーズにならないように出来てるかもしれない。そっちのほうがスケートより大きいよ。


Interview: Ian Michna

Original Illustration: Anders N

2014年7月31日木曜日

SAM MCGUIRE インタビュー by JENKEM

JENKEMに載ってた、SAM MCGUIREというフォトグラファーのインタビューです。

ついに業界内でカミングアウトする人が現れました。これに続くプロはいるのでしょうか。

ともかく、良い友達がいて良かったね〜!と思います。

元記事:http://www.jenkemmag.com/home/2014/06/17/an-interview-with-skateboardings-gayest-photographer-sam-mcguire/

JENKEM:http://www.jenkemmag.com/home/


photo: sam mcguire

長年スケート業界でフォトグラファーとして働き、また何年もの間、自分がゲイであるという事実にもがき苦しんでいたサムは、一つの結論に達していた。それはこの二つの世界は、共存できないということ。

スケートボーディングは伝統的に、性的な指向については閉鎖的な考え方のままだ。現在でもゲイであることを公にしているプロスケーターは一人もいない。こういった状況から、サムは脱け出したかった。彼は30歳になったらスケート業界を去り、Facebook上でカミングアウトして、ゲイ差別のないアイスランドで暮らすという計画を立てていた。

そしてサムは先週30歳になったんだが、彼はその計画を実行しなかったことを、ここに喜びと共に報告したい。彼は計画を実行する代わりに、カミングアウトをし、自分の苦労を世界中の人々と共有することに決めた。以下はそんなサムの話だ。




君はしばらくスケート業界でフォトグラファーとして働いているよね。カミングアウトしようと決心したのはいつ?

2年前に、もう限界だってところまできてた時期があった。本当に辛い二重生活を送ってたんだ。その頃僕にははデートしている相手がいたんだけど、人前では喋り方とかを変えて本来の自分を隠す必要があった。でも僕は嘘をつくのは得意じゃないんだ。だんだんと、何人かの人たちに打ち明けるようになった。僕の知り合いたちは(自分がゲイだってことを)気にしないみたいだったから、それで多分僕は自信がついたんだと思う。スケートの世界は狭いからね、もし5人の人に打ち明けたら、その人たちがまた別の5人に話す。そうやって広まれば簡単だと思ったんだ。

本当のターニングポイントは、フォトグラファーのOliver Bartonから電話をもらったときだよ。彼のおかげで僕はスケートの写真を撮るようになったといっても過言じゃないんだけど、幸運なことに僕は彼とは長い付き合いで、良き友達同士になった。ある日彼と(電話で)話しているときに、彼から直球でこう聞かれたんだよ。「辛いんだろ?」ってね。それで僕は「何が…?」って聞き返した。彼は「辛いんだろ?誰にだったら打ち明けられるのか、それを見極めないといけないと思ってる?」って聞いてきた。僕は「どういう意味?」って聞き返した。そしたら「おいおい、俺は君が抱えているものが何か分かってるよ」って言われたんだ。そのとき僕は車を運転してたんだけど、車を路肩に停めて泣き崩れてしまった。


photo: sam mcguire

それまで誰一人として、僕にそう聞いてくれる人はいなかった。その頃の僕はどうにもならなくなってて、ゲイであることにもがき苦しんでいたんだ。勘違いしないでよ、僕には素晴らしい友達たちがいるよ。ただ、これはセンシティブなことだからさ。彼は僕に手を差し伸べてくれて、僕の肩にのしかかっていた重荷を取り除いてくれた最初の人だった。それに当時の僕は健康でもなかったから、誰かに「大丈夫?」って言ってもらえたのは、なんと言うか、人生が変わったような感じだった。

僕はそこで多分30分はずっと泣いていたと思う。まるで誰かが死んだみたいにね。あんまりドラマチックにしたくはないけど、でも確かに僕の中の一部分はそこで死んだんだ。もしかしたら自分は幸せになれるのかもしれないと感じた。長い間、僕は惨めで、怯えていて、自分が何かを出来るとは考えられなかった。そんな時に人から電話をもらって、そんなことを言ってもらえた…。本気で死ぬことを考えていたし、自分は永遠に幸せにはなれないだろうと思っていた。でも、もしかしたらスケートボーディングはみんなが思っているように同性愛者に対して偏見を持っている世界じゃないかもしれない、と考えられるようになったんだ。一度みんなを信じてみようと思った。その時、「そうだ、オリバーが電話をくれて大丈夫だよって言ってくれたんだ。今更何を恐れる必要があるんだ?」って思ったんだ。

何をそんなに恐れてたの?最悪な悪夢的な状況ってどんなもの?



本当に正直に話すと、自分の周りの人たちが、ゲイの人たちについてかなりエグいことを言っている場にいたことが何度かあったんだ。だから最悪のシナリオは、そこで自分がブチ切れちゃって結果ボコボコにされること、だね。ほとんどの場合、ただ単にみんな馬鹿話をしているだけだったけどね。以前そういうことを言ってた人たちも、実際はものすごくサポートしてくれたし。ただ当時はこわかったんだ。そういう場にいて、そして周りの人たちがどういう反応をするのか、全く見当がつかなかったからね。

前に一度旅先でこういうことがあった。僕たちのホスト役をしてくれた人が冗談で、みんなに向かってゲイについてのジョークを飛ばしてたんだ。「ふん、ここにいる奴らはみんなゲイじゃないって知ってるけど、もし誰かがゲイだって言うなら俺はそいつをボッコボコにしてやるぜ」なんてね。ただの冗談だから大げさな話にはしたくないけど、でも実際にそうやってゲイであることが理由で暴行された人の話をニュースやなんかで聞いてるから、本当に怖かった。最近はもちろんそんなことないけど、正直言ってちょっとビビってた。

そのときの旅は、思い返してみるとなかなか面白かったよ。みんなに(自分がゲイだってのが)バレるのが怖くて、ポルノサイトすら見ることができなかった。もしかしたらインターネットのルーターから、僕がチェックしたウェブサイトの履歴をチェックできるかもしれない、って真剣に考えたよ。ものすごくクレイジーに聞こえるかもしれないけど、当時は現実的な恐怖だった。だからCNNしか見ないでいたほうが良いって考えてた。

photo: sam mcguire

スケートボーディングは他のスポーツなんかと比べて、同性愛者に対する偏見は強いと思う?

他のスポーツはほとんどがチームでやるものだから少し複雑だけど、その質問に簡単に答えるなら、そうは思わないよ。スケートをするのに、わざわざ他の人にもスケートを始めてもらう必要はないけど、他のスポーツだと、一人でやるのはとても難しい。フットボールは自分一人じゃできない。だからもしフットボールをやる人間が町中で君一人で、しかも君がゲイの人を嫌ってたとしたら、ちょっと終了だよね。でも、もしスケートをする人間が町中で君だけだったとしても、スケートはできる。ただ孤独なだけさ。僕が思うに、スケートはスケートであるが故に、より忍耐が必要とされるものだと思うんだ。ストリートでは毎日いろんなタイプの人たちに遭うし、対処しないといけない。それに(スケートは)ちょっと不安定なスポーツだし、僕たちはみんなちょっと変わってる。プロですら、置いてけぼりにされたように感じることがある。大手メーカーからプロモデルのシューズを出してるプロですら、(自分の立場に)不安を感じることがあるんだ。スケートボーディングは(他のスポーツよりも)、世間からのはみ出し者との親和性は高いと思う。


photo: sam mcguire

どうしてスケーターや業界で働く人たちは、そんなに不安を抱えてるんだと思う?

奇妙な業界だからね、物事はものすごい早さで変わって行くし。多くの人は大金を稼いだりできないし、予期せぬ出来事が起こりうる。例えばSean Malto。彼はナイキからのサポートを受けて、自分の怪我をうまくマーケティングのキャンペーンに使ってもらえたけど(訳注:ステアでミスって足首を思いっきり捻ってしまったらしい)、彼は本当にラッキーだよ。他の人だったら膝をダメにしちゃったらそれで終了だからね。

NFL(アメリカン・フットボール)の契約がどうなっているのか分からないけど、選手がもし怪我をしてしまったら別の契約に移行して、最低でもリーグが保証している最低賃金は得ることができるみたいだね。でもスケートだと、そうはいかない。スケーターが怪我をして半年も経てば、スポンサーたちは一体どうなってるんだと思い始める。なんでこいつに給料を払ってるんだってね。ニューカマーたちが後ろには控えていて、そのポジションを狙ってしのぎを削ってる。競争だよ。それはほんの一時の間にすぎないかもしれないけど、そういったことが不安な環境を作り出しているんだ。

それに、これは誰も否定しないと思うんだけど、スケート業界はとても狭くて全て繋がってるから、ときどき噂話好きの集まりみたいになる。そういったことも不安な状況を作りだす要因だね。例えばDylan Riederなんか、彼はファッションがすごく独自だし、ドラマティックなVネックシャツやチーム・ハンサムのバイブスを持ってるから、みんなそこばかりに目を向けて悪口を言ってる。誰も彼のスケーティングの凄さなんて気にせずにね。

Dylanがただ指にリングを4つはめてるからって馬鹿にされるような、そういう状況で、誰がカミングアウトなんてしたいと思う?彼はスケーターなんだから、ただスケートさせればいいじゃないか。Lebron James(NBAの選手)が私生活で何をしようと誰も何も言わないよ。誰もLebron Jamesのことを逐一チェックしたりしない。もしそんなことになったら、バスケットボールも(スケートみたいに)より不安定なものになり始めると思う。

photo: sam mcguire

一緒にいると気分が悪くなるっていうのが理由で、特定の仕事やスケートのクルーから距離を置いた時期ってある?

そうだね…正直僕のほぼ全キャリアを通してそんな感じだよ。これはもっと、他人と僕との個人的な関係の話だと思うけど。だってスケートボーディングでは、一緒に働いてる人たちとすごく良い友達になりやすいからね。エディターとフォトエディターみたいにさ。…長年すごく苦しんだよ。間違いなく僕はそういうことと向き合ってきたけど、きっとそうした経験は、人と一緒にいるときに変な感じにならないようにしたり、より良い関係性を作るのに役立ったと思う。

ツアーのときに、もう本当に気分が悪くて立ち去りたくなったことが一度だけある。僕らが夕食をとっているとき、その場にたまたま沢山のゲイの人たちや、ドラッグクイーン、オカマたちがいたんだけど、僕たちのクルーの一人が特に、(ゲイの人たちに対する)自分の考えを声に出して言っていたんだ。それで僕は外に出て、電話をしているフリをして、なんと言うか、隠れた。最終的に他の何人かが彼を咎めたんだけど、それでそいつはキレちゃって、先にツアーから立ち去ってしまった。僕が本当にその場から逃れる必要があると感じたのは、そのときだけだね。

photo: sam mcguire

公の場で、ゲイであることを言いふらされたことってある?

前にMaltoがこっちに来てるとき、West HollywoodでSammy Winterのプロ昇格を祝うパーティがあったから行ったんだけど、そこにWeiger (Van Wagenigen)もいたんだ。Weigerのことを説明するのは難しいけど、彼は最高だよ。本当に良い奴で、人をからかうのも上手いんだけどさ、彼は単純に思っていることを口に出すんだ。Weigerは「サム!君がホモだって聞いたぞ!」ってみんなの前で大声で言ってきた。それから続けて「超クールだよ!超クールだ!すんごい大変だっただろ?」って言ってきた。それで僕は「そうだね、それについては上手く話せないけど」って返した。そしたら彼は「だろうね、俺だってチンポしゃぶる話はしたくないと思う!」って言ってきたよ。(笑)

Weigerの言ったことは間違いなく的を得てたからさ、みんなが笑ってたよ。変な感じだけど、これはちょっと良かった。カミングアウトで一番ぎこちないものの一つは、自分で自分を他の人たちから切り離してしまうことだと思うんだ。自分と、そしてその他の人たちってね。でもこのときは、僕はそのバーにいる人たちの一人にすぎないって感じだった。馬鹿みたいに聞こえるかもしれないけど、長い間秘密にしていたからさ、ただもう人に知ってもらいたくなっていたんだ。そうすれば次に行けるからね。だからパーフェクトだったよ。

みんな誰も気にしてなかったしね。Weigerは「今夜は君のカミングアウトを祝うパーティにしようぜ!」って言ってきてさ、みんなのところに行って「サムがゲイだって知ってた?」て言ってまわってた。Jerry Hsuのところにも「サムがゲイだって知ってた?」って聞いてさ、Jerryは「いや、まじで!?ヤバい!クールじゃん」って言ってくれた。ハイファイヴしたよ。

photo: sam mcguire

もしプロスケーターがカミングアウトしたとしたら、それは大事件だと思う?そのプロのスポンサーは気にすると思う?



それは会社やそのスケーターによるんじゃないかな。これはタフな質問だよ。これは政治と同じくらい、ビジネスの話だからね。ゲイだからって会社がそのプロスケーターをクビにすると思うかって言ったら、それはノーだよ。それは既になんとなく証明されてると思う。でも会社が表立って、ゲイの権利を主張したようなシューズを出したりなんかして、ゲイであることを前面に打ち出して行くかって聞かれたら、それはないと思う。だってビジネス的にそれがいいことかどうか分からないからね。

カミングアウトするのが誰なのかによると思うよ。もし、やっとメディアに露出し始めたようなニューカマーのマチュアだったら、分からないよね。たぶん僕は人々に過剰に期待しているのかもしれないけど、ここはスケートだからさ、スケートの会社はどこもみんな凄く前衛的だよ。だからみんながみんな、そんなに閉鎖的な考え方をしているとは思えないんだ。もしかしたらそうかもしれない、でも僕にはそう思えないんだ。

誰かが「このステア、ゲイだ」(訳注:スラングで「gay」を「ダサい」とか「キモい」などの意味で使うことがよくある)みたいなことを言ってるのを聞いたらムッとする?

昔はね。でも今は単純に笑える。今ではそういうことを言う人はそんなに多くないよ。何かに対して「ゲイだ」って言うのは、その人を馬鹿に見せるだけさ。それは僕から見てってだけじゃなく、他の人から見てもそうだと思う。それは双方向的なものだよ。どうしてそれ(何かに対して「ゲイだ」って言うこと)が人を傷つけることになるのかを、言う人はちゃんと理解することが大切だと思う。誰かがアイスクリームを落としたとして、「うわー超ゲイ!」って言うとするよね、するとゲイの人たちは誰でも無意識的に「僕は落ちたアイスクリームぐらい残念な存在なの?」って思ってしまう。だから「ゲイだ」って言うことは人を傷付けることになるってことを、人々はちゃんと理解しないといけない。みんながあれやこれやをゲイだって言ってるおかげで、僕は死にたいと思ったことがあるし、誰が自分の友達なんだろうって恐くなってしまったことがある。僕も年をとって少し大人になってからは、変化には時間が必要だってことと、辛抱するのが大切だってことが、なんとなく分かるようになったけどね。

photo: sam mcguire

最後に何か言っておきたいことってある?このインタビューを読んだ人には、どういうことを感じ取って欲しい?

もし今辛い思いをしている人がいたとしたら、少なくとも誰か一人でもインスパイアして、その人たちの状況を解決することの役に立てればと願ってる。こういったことはスケートの世界では常にタブーとされてきたけど、物事は変わって行くから、今は昔と同じじゃないと思いたい。人々がこのことを考えたり話したりするきっかけになってくれればいいし、もしかしたら(ゲイであることが)オープンになることに繋がればいいし、苦労している他の人たちの助けになれればいいなと思う。

何かいい格言だったり、引用だったりを知ってればいいんだけど、僕から言えるアドバイスは、周りに合わせることについてあんまり悩まなくていいよってことだね。スケートボーディングは環境にうまく馴染めないはみ出し者たちから生まれたと、僕は思ってる。ただ周りに合わせるなんて馬鹿げてるし、普通の人たちは超つまんないから、そんな周りに合わせようとなんてしない人たちさ。ハッピーに、自分らしく、そしてお望みとあらばところんゲイでいて欲しい。人生に挫けず、そしてスケートをあきらめないで欲しい。

2014年7月5日土曜日

KEVIN TIERNEY インタビュー

JENKEMに載ってた、KEVIN TIERNEYのインタビューです。

ってよく知らなかったんですが、ZOO YORKのAMなんですね。そして自分はまだ観てないすけどSTATIC 4でパートもあるらしいっす。

内容がけっこう面白くて、とくに保険の話なんかは、TPPで国民健康保険が壊滅させられようとしている今の日本にとっても人ごとではありません。

日本の健康保険は平等にみんなをカバーしてくれますが、アメリカだと保険にもグレードがあるらしく、いい医者にかかるにはハイグレードな保険が必要になるみたいです。そして高くね!?

民営化なんかされたら終わりですな。





photo: sean cronan


インタビューに臨むときは、普段はオープンマインドで偏見を持たないようにしているんだが、今回のインタビューに関しては、なんとなくケビンはきっと嫌な奴だろうなと思っていた。街中で2、3回会ったことがあったんだが、NYのスケーターでたまにいる、「クールな奴」のバイブスを感じたからだ。でも簡単な質問をいくつかした後からは、お互い構えずにリラックスできるようになって、彼も心を開いてくれた。
そして自立した育ち方や、膝の問題と家族の話を聞いて、俺のケビンを見る目が変わった。ほとんどのキッズには、人生の計画があらかじめ立てられているが、ケビンは自力で学びながら自分の人生を拓いていく必要があった。彼の話を聞くうちに、俺は彼に対して尊敬の念を抱くようになった。なるべく早く膝の手術をして、彼がスケートボードに乗ったときの本当のポテンシャルを、世界に見せつけて欲しい。
君は「クールな奴」じゃん?クールな奴になるための秘訣とかあったら教えて。
俺ってクールなの?それって悪い意味で?うーん、それについては何とも言えないな。でもクールな奴になるための秘訣?もしNYに来たなら、会うやつ全員シカトだね。「やあ」とか挨拶もしない。…で、ノーコンプライとかやるんだよ。ノーコンプライはかなりクールだからね。俺はフェイキーでも出来るようになったよ!ストレートなフェイキーのノーコンプライさ。かなりクールだよ。あとは、どっかでモデルでもやるとか?俺もそんなことできたらいいけど(笑)。何回かやったことあるよ!スケートのモデルさ。イェー!
ネット上で君の(スケート)スタイルはダメだなんて書かれてるけど、そういうのって気にする?
まじで?(笑)それは嫌だね。わかんないよ、俺はスケートに乗ってる感覚が好きなんだ。気にしないよ。もし俺のスタイルが気に入らないんなら、それはそれだけのことさ。鏡で自分の姿を見て、ああ、俺のスタイルってなんか狂ってるなって思うことはある。って言ってもどうでもいいけど。俺はスケートできる限りスケートを続けるだけだよ。好きか嫌いかさ!
君のスタイルを悪く言う人たちは、ほとんどみんな君の腕の動きについて言ってるよ。拘束着を着て腕を振り回すのを矯正しようかって考えたこととかある?
なんだよそれ!(笑)俺の腕はワイルドだろ?クソ、でもいっつも腕を振り回してるわけじゃないよ!腕の話って、Stuy Townのボードスライドのこと?あれって超長いボードスライドだぜ!あんな長いボードスライドを、楽勝な感じでやってるように見せないといけないのかよ?
photo: sean cronan
君はNY出身だけど、今までマーク・ゴンザレスと会ったり一緒にスケートしたことってある?
何度か会ったことあるよ。Steve Brandiと、彼がミルクセーキの店にいるとこを見つけたときがあったんだけど、そのとき俺は彼から絵を描くゲームをさせられたんだ。言われたお題を一発で描かないといけなくて、ミスったらダメ。四角の上に三角が乗ってて、真ん中にXがあるやつを一続きで描いてみろって言われたんだ。一度描いた線の上はもう線を重ねちゃダメ。何の脈絡もなくいきなりそんなこと言われたよ。狂ってるよ。マークは俺がどこの誰かなのかも知らなかったと思うけど、俺に絵を描かせて試してきたんだ。でもぶっちゃけファーストトライでメイクしたよ!
その後で、彼は消火栓を自分の板でぶっ壊そうとしてさ、俺の首くらいまである高い消火栓だよ。下のほうからありったけの力で、板で消火栓を殴りつけてた。まじでワケわかんなかったよ!(笑)ちょっと何してんの?って感じ。思わず後ずさったよね。新しい美術館の近くでさ、マークは美術館のガラスをウォールライドしようとして、キックアウトくらって怒鳴られてた。で、「そーか分かった、この消火栓を真っ二つにしてやる!」ってあのゴンズの声で言い返してさ。かなりヤバかったよ。
君のアートについて教えて。どうしていつも電車なの?
ずっと電車に乗って育ってきたからね。俺はクイーンズに住んでて街まで出るのに45分かかるからさ、その間にいろいろ考え事とかをするんだ。13歳のときから街に行くときは自分一人だし、電車に乗るってのは毎日のことなんだ。それに電車がずっと好きなんだ。酒飲んだ帰りに電車に乗ってクイーンズに帰るのは、ちょっとヤバめだね。間違いなく俺は寝ちゃうから、起きたらConey Islandとか適当な場所に着いちゃってて、帽子がなくなってたりとかするよ。
電車以外のものも描いてみようと思ったことはある?
ゴミ箱を描こうとしたことあるけど、あんまり好きじゃなかった。電車は好き。いろんな思いが電車にはある。
kevin’s train art / photo: zoo york
君は膝を痛めちゃってるんだよね?ほとんどの人は、君が膝を悪くしたままで滑り続けちゃってることを知らないんじゃないかな。
そう、ここ5年くらい、膝を痛めたままだよ。手術が必要なんだ。膝を新しく取り替えたいよ。すごくユルユルで弱いんだ。100%の状態には絶対にならない。滑るときは膝のことを考えないようにしてるけどね。スケートスポットでは、3時間くらいアップしないと、いい感じにならない。すぐに飛んだりとかできないんだ。スポットに着いた時点で、すでに膝を使いすぎてるような感じになったり、硬直してたりする。日によって違うから、撮影するときも、いつ調子がよくなるか分からないんだ。ゴムバンドでエクササイズなんかも始めて、膝を強くしようとはしてるよ。でもだんだんイライラしてくるから、あんまり長い間はエクササイズできない。すごい調子がいいと感じる日もあるよ。バックサイドの360を覚えたときは最高だった。でもオーリーすらできない日なんかもあるんだ。
スケートをキャリアとして考えるのはやめようと思ったことはある?
うん、そうだね。(笑)考えたことあるよ。膝がマジでやっかいだし、俺は医者も嫌いだからね。(NYには西海岸みたいに)「スケート・ドクター」がいないんだ。カリフォルニアにはスケートのトレーナーやスケートの外科医、医者がいるけど。こっちにいるのは自分が何の話をしているのかも分かってないようなおっさんさ。
俺が診て欲しい、良いって分かってる医者たちは、俺の保険を受け付けてくれないんだ。でも俺は保険に月々300ドル(約3万円)を払ってるんだよ。前に俺の膝を診てくれた医者はあんまり良くなかったと思うんだよね。90歳のじいさんだったし。だからそもそも最初から間違ってたような気がする。もし健康な状態でスケートできたら、それで完了なんだけどね。そしたら、中途半端なところで満足しなくてもよくなる。自分のSTATIC 4のパートを見たときは、「ちくしょう、もっと本当はできるのに」って思ったよ。
wallie / photo: sean cronan
酒を飲んだら顔が赤くなるほう?
ていうか、何をしても顔が赤くなるよ。何でなのか分からない。スケートすれば顔が赤くなるし、飲んでも赤くなる。セックスしても赤くなるし、ブロンズ色のTシャツ来ても顔が赤くなるんだ。わけ分かんないよ。
だから健康食品の店にいって、「ねぇ、俺の顔めちゃめちゃ赤いだろ、どうしたらいい?」って聞いてみたんだ。そしたら店の人から「アロエを買ってそれを毎晩顔に塗りな。少なくとも1ヶ月続けろ」って言われた。それで先週から始めてるんだけど、マジで唾を塗りたくってるような感じがするよ。恐竜の唾液みたいで最悪さ。めちゃくちゃ気持ち悪い。でも毎晩顔に塗ってるけどね。確かに効いてるみたいだし。切り傷や痣にも塗ってる。ドープだよ。
君って健康オタクなの?プロバイオティクスのドリンクや昆布茶を飲んでるの見たことあるけど。
ちょっとね。でも最近いろんなことを止めてみたんだ。違いを感じるかどうか見てみようと思ってね。で、なんだか同じで変わらない気がした。毎日緑のビタミンドリンクを飲んだり、フィッシュオイルやグルコサミン、フレッシュココナッツとかを採ってたんだけど、しばらく金欠のときがあって、そのへんを飲むのを止めてたんだけど、別に何も変わらないことに気がついたんだ。ビタミンを採って、それが健康にいいと思っていれば、健康に感じるもんなんだよ。もしマクドナルドを食ってても、ハッピーでネガティブなことを考えずにポジティブでいれば、全く同じように健康に感じると思うんだ。
しばらくは不安だったけどね。もしフィッシュオイルを採るのを忘れたら、一日をダメにしてしまうんじゃないかってね。でもそれから1ヶ月採らずにいて、そもそも俺には必要じゃなかったってことに気がついたんだ。膝を悪くしてからは、そういうメンタル的なことを実践してきたよ。膝のことは考えないようにして、大丈夫だって自分に言い聞かせるんだ。そうすると大抵は一日中大丈夫だよ。でも膝をひねっちゃったり、ちょっとでも痛みを感じたりすると、急に不安になって、あと数年で歩けなくなるんじゃないかって思ってしまう。浮き沈みが激しいんだ。


君の両親はどういう人たちなの?
両親のことはちょっと大変なんだ。正直、両親について話すのは好きじゃない。俺の母さんは精神病で、俺の親父はベトナム帰還兵だ。親父は糖尿病だし、13回も膝の手術してる。でも毎日起きて、自分のやることをやってるけどね。全体として親父はいい親だよ。親父からは「これをやったらダメだ」とかは一度も言われなかったけど、それにしては俺は素直に育ったと思う。悪いこととかやらないからね。母さんは月に一回病院に行って、電気ショック療法を受けてるんだけど、かなりハンパないよ。俺が家にいないで、常に外でスケートしてる理由の一つだね。俺は自分で何でも学んできた。すごく自立してるよ。兄貴がいるんだけど、33歳で一日中ビデオゲームしてる。別に仲は悪くないけどね。兄貴はチルってるだけさ。家にいないで、家のことは考えないようにしてるけど、難しいね。
お母さんの手助けとかしてる?
親父が母さんを月に一回、療養のために車で病院に送ってる。なんだろう、母さんはゆっくりしてて、たくさん薬を採ってる。時々、母さんは心ここにあらずみたいな感じになってる時がある。ハッピーそうだけど、会話が成立しない時があるんだ。もちろん、俺が母さんの息子で、俺が母さんを愛してるってことは理解できてるよ。
photo: sean cronan
自分がスケートを始めたのって、そういう大変な家庭環境からの抜け道だったからってとこある?
家庭の状況が、当時スケートを始めた理由なのかどうか分からないけど、振り返ってみると、そう思えるね。小さいころ、12、3歳のころは毎日一人で街に出てた。クイーンズってなかなか抜け出せないよ。俺はクイーンズに住んでたけど、基本的に街で育った。クイーンズにいたままだと、あまり生産的にはなれないと思う。
かなり自由な感じで育ってきたわりには、あまりトラブルにも巻き込まれずに済んでるね。
そうだね。自分でも不思議だよ。何かで罰を与えられたりしたこともないし、何かをするなって言われたこともない。正直言うと、宿題だって一度もやったことなんてないよ。だって、誰も俺に宿題を済ませろって言う人がいなかったんだからね。学校でも特に指導とかなかったから、成績はひどかったね。勉強する必要がなかったんだ。それでも75点、C+とかで卒業したよ。テストはたくさん落ちたけど。(笑)でも毎日授業には出てたから、先生たちからは好かれてたんだ。俺は問題児じゃなかったからね。
でも俺が好きだった先生は、たぶん刑務所に行くことになったと思う。彼はどの生徒とも仲が良くて、一番しっかりした人だったんだけど、生徒2人と3Pしてるのを発見されちゃったんだ。生徒の一人は女の子で、もう一人は男だった。二人とも17歳でね。先生はバイセクシャルだったと思う。実際に彼が刑務所に行ったのかどうかは知らないけど、間違いなくクビにはなったよね。でも彼は一番いい先生だったよ。彼からたくさんのことを学んだ。

自分がドラッグに手を出したり、グレなかったのは不思議だよ。両親ががんばって良い方に導こうとしてるのに、グレちまった奴をたくさん知ってる。俺はいつもいい子だったな。何でなのか分からないけど。正直言うと、昔はビビりだった。悪いこととかやりたくなかったし、俺はただスケートして自分のことをやりたいだけだったね。